CRF250L 真夏の日御碕ツーリング

暑くても夏には夏しか味わえない空気感がある。日中暑くなるのが分かっていても、晴れると言われればゴソゴソと出かけたくなる気持ちは抑えようがない。これはもう習慣というよりは長いこと患っている心の病気みたいなものだと最近思うようになった。

この日、朝5時に家を出て涼しいうちにとりあえず瀬戸内海と日本海の中間地点になる大朝までやってたけれど、「夏の空気を味わう」ことが目的なので、ここから先の明確な目的地はない。とりあえず三瓶山へ舵を切ってみることにした。

ここを走ると、広い土地を持っていないとできない強いアピールがある、ってことに気が付かされる。数は力というか。でもこれ、土地を持っているだけじゃなくて刈り込みのために大変な時間と労力が必要で、口先で「俺、阪神推しなんだ」なんて言うのとは推しの度合いの格が違うことを体現している。

2012年にNUDAでここを走った時にも刈ってあった写真があったので、少なくとも10年以上この推し活動を続けていらっしゃる。

年数も力だ。

国道375号線と並走する江の川。川幅が広く高低差も少ない谷間を流れている。川というより池のように水面が穏やかで、ここを走るときはなんとも言えない穏やかな気持ちよさをいつも感じる。

朝の時間、まだ光が山肌に届ききっていないと山肌は暗く、夏空は明るい。そのコントラストの高い景色が川面に反射して、わざわざ停車して写真に収めておきたくなる風景になっている。

それぞれの土地がそれぞれに映え時間を持っているとしたら、おそらくここが輝くのはお昼時よりも今のこの時間だ。

午前7時半の三瓶山、西の原。この時間にここにいるには、近隣に宿泊するか、広島からだと相当な覚悟をもってここに来ることを目的にして走ってこなければならないので、滅多に体験できる景色ではないと期待してきた。ところがさすが西の原、太陽は山を挟んで真正面の東から昇るので、完全に逆光になっている三瓶山のシンプルな山体が、海苔に包まれたおにぎりのようだ。

それならば、東の原は正面から光を受ける全光か、と立ち寄ってみたら、想像以上に全光だった。

よくよく考えてみたら真夏のこの暑い時期に三瓶へくることはほとんどなく、逆光の西の原では気が付かなかったけれど、山の緑が青々としているのも想像以上だった。

三瓶山高原道路から日本海や日御碕を見ることができる国引きの丘。ここをなぜ「国引き」の丘というかというと‥「出雲国風土記」の冒頭にある「出雲の国は細長い布のような小さい国なので、方々から土地を寄せてくっつけてしまおう」という話に由来している。
東は弓ヶ浜を綱にして大山を杭に、西はくにびき海浜道路の通る出雲へ至る長い浜を綱にしてここ三瓶山(佐比売山(さひめやま))を杭にした、とある。この国引きの丘はここから見えるアーチ状の浜(綱)が三瓶山(杭)に結び付けられる場所と言え、国引きの西側の状況が一望できてる場所になっている。

妻にこの話をしたら「昔の人はこの辺りの土地の形がよく分かっていたってことね」と言われてなるほどそうだなと思った。神話の通りミコトが土地を引っ張って出雲界隈の地形になったのならロマンチックだけれど、そこはまぁ、土地ありきで神話が後付けされたのだろう。
それにしても大山までと考えると、結構広いエリアをまるで俯瞰したかのように「山体を杭に、長い浜を綱に」見立ててし話にまとめてしまうあたり、昔の人は本当によくこの周辺の地理地形を把握されていたのだなぁ、と感心する。

気になるじゃないですか。

夏の鬱蒼とした草と蜘蛛の巣をかき分けて川まで降りてみると、肝心のらせん式魚道も植物に飲まれて全容が把握できない。直径6m、高さ5.25mの螺旋を魚は35cmごとになっている段差を乗り越えて往来できる、とある。
んん、これは秋か来春また訪れて、是非螺旋の秘密に迫ることにしよう。

広島からだと三瓶山もそこそこ距離があるけれど、日本海となるとさらにその先になるので、これまでホイホイと気軽に訪れる場所ではなかった。けれど、5月にCRFに乗り始めて2ヶ月半、これで6回目の日本海訪問だ。

暑いので標高の低い瀬戸内海の海沿いを走る気にならず、つい中国山地へ入ってしまって、ついつい山を下って日本海、というパターンが多い。今回も、それだ。

劇的にパンチがあるわけではないからこそ疲れず足が伸びていってしまう、そんなCRFの特性にやられまくっている感じがする。そもそもそういうバイクを仕立てて行きたかったので、うまくいっていると言える。

肉眼だともう少し意識して見ている特定のものが大きく見える印象がする。地平線、水平線からひょっこり頭を出しているのが三瓶山。これを杭に見立てて、この延々と続く浜を綱に見立てたのも理解できる。

美保関あたりへ行くと大山と弓ヶ浜も同じような見え方をしている。これらを出雲という土地と結び付けて神話に仕立てた2000年も前の人たちの想像力には本当に頭がさがる。

せっかくなので日御碕へ向かってみることにした。何年振りだろう、もう20年も来ていないように思う。

道中変わった地質が見られたといった朧げな記憶が残っていたが、質の違う地層が重なって褶曲している岩塊など、今の目で見ると日御碕へ辿り着けなくてもこれで満足できるような景色が並んでいる。

三瓶、目立ってる。遠くからみるとこうしてひょっこりと頭を出しているけれど、いざあそこまで行ってみようと山中に入ると、意外とどれが三瓶だかわからなくなる。
徒歩だとなおさらだろうと思うと、昔の人は本当に偉い。

お土産物屋の並ぶ通りを抜けて白い灯台へ至る、という記憶は間違っていなかった。記憶と違うのは到着したのが午前9時過ぎだったからか、お土産物屋はほとんど開店していないというところだ。

夏の強烈な日本海の空に全く引けを取らずにそびえるこの美しさ。1903年設置、ということなので120年も立ち続けている。内部は煉瓦造り、その外側を美保関から切り出してきた硬い石で囲むようにできている二重構造で、43.65mは日本一の高さを誇る灯台。
ちらりと目にした資料に「日本の築城石工技術の極み」とあったが、ギリシャ・ローマの2000年には叶わないにしてもこの先100年も建ちづづけるだろう綺麗な建築物を石組みで作っているというのはよく考えてみると凄い。
コンクリートの時代になっても、現代の石工はその技術を失わずに保有しているのだろうか。

灯台そのものは43mでも、崖の上に建っているので海面からでは63mにもなる。灯台は大抵ドラマチックな場所にあることが多いが、海岸線ギリギリで崖の上に立てる方がその役割を存分に発揮できるのだから、もともとそういうドラマチックな属性を持っている建物と言える。

松葉と海と空と白い灯台。ああ日本の風景、と言いたくなるけれど、灯台ができてから100年。国引きの神話は2000年も伝承されてきた。
この風景が本当の意味で日本の風景と呼べるようになるにはあと何年必要なんだろうか。

この日御碕、全体が小ぶりな柱状節理で覆われている。

小ぶり、と言われなければ一見スケール感がつかめなくて、写真だと1本の柱が10mもあるような、ものすごく大きな風景なのかと勘違いもできる。

横に突き出しているのは経島という神域の島で、一般の人は渡ることができないことになっている。自分の記憶だと島全体がウミネコに覆われて、さらにその糞で真っ白になっている島という印象だったけれど、ウミネコが繁殖のためにこの島を利用するのは3月下旬から6月とのこと。過去、自分は夏にここへきたことがないという証拠だ。

そもそも、広島から真夏にここまで走って来ようなんて昔から思わなかった。

日なたは死にそうに暑い。東屋の日陰がありがたく、階段に座り込んでお茶を飲みながらしばらく海を眺める時間ができたのもありがたい。
たまたまGZでジオキャッシュをみつけられたのもありがたい。

この先の自分のツーリング人生、帰り道をただ帰るだけの作業にしてしまうのをなんとかしたい。目的地に直線的に行って帰る、という考えから、家に帰るまでの周回路全てを楽しめる組み立てにしたいのに、効率だけ考えた最短コースばかりになってしまってそれがなかなかうまくいかない。

以前立ち寄って美味しかったので、また帰り道に立ち寄ったみうらという食堂。前回同様全席埋まって賑わっていたので、地元の人気店なのかもしれない。店員さんは無愛想だけれど、料理が出てくるのが早く、美味い。

冷たいお茶を飲み干して、ふとグラスに残った氷に目がいった。これを水冷服の胸ポケットにつっこんだら‥走り出してみると想像以上だった。頭が痛くなるくらい冷える。そう長くはもたないけれど、気温の高い「昼食」の後の習慣にしても良いと思える。

日御碕を歩いているとお土産物屋のお爺さんに声をかけられた。大小様々な貝の並ぶ貝殻の専門店で、「この貝が一番潮の音がいいよ」と勧められたものを手にとって耳に当ててみた。そんなことをするのも何十年振りだろう。
貝殻から波の音がするとかなんてロマンチックなことを言い始めたのは日本人なんだろうか、西洋人なんだろうか。ホワイトノイズというよりは低周波が強調されたブラウニアンノイズの方が潮騒に近いように感じるけれど、お店にはたくさんの貝があって「それぞれ音が違うよ」とおじいさんが言われるので聴き比べをさせてもらった。確かにお勧めされたものは良い音がする。

いくつか手にとって会計をしようとしたら、財布に現金の持ち合わせが1100円しかなくて、「カードかキャッシュレス決済できますか?」と尋ねた僕も首をふったお婆さんも苦笑い。現金で買えるだけ買って帰った。

夏のツーリング、水冷服も大事だけれど、地方に行く時は現金も財布に忍ばせておかなくては。なかなか習慣づかないことなんだけれどね。

2 Comments

sorao

この記事から文末表現をかえた?
麦茶、飼い主家系の顔してるw
うちも2カ月ほど前に黒いトイプードルを家族に迎え入れたよ。
ぶん太。

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tsugataku

>soraoくん
おひさ。言い切りの方が言葉に責任が伴ってその分頭使うからボケ防止のために文体変えてみたわ。
ワンコ2か月とか、生まれて4か月くらい?超かわいいだろうな!

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