夜行バスと東京駅

コロナ禍もあって実家に数年帰れなかった。数年も経つと実家のパソコン環境も悪くなって、やれ買い替えだの設定だのという話になる。この夏、そのために僕一人で帰省することになった。

一人旅なので交通手段は選び放題で、長期休みなのを利用してバイクで往復することももちろん考えた。でも、この暑さの中で、ただ移動のためだけにバイクに乗って人もマシンも消耗するのは、きっと楽しいことにはならなだろう。夜走っても楽しくないし。行きは良いとしても帰りのことを考えると更にクラクラしてしまう。

そこで今回、家族を巻き込まなくても済むのを良いことに以前から挑戦してみたかった夜行バスを利用することにした。夜に、ちゃんと寝られれば勝ちである。逆に寝られなかったら地獄かな。

広島の18時。乗車すると外はまだ明るいのに車内は遮光カーテンで光を遮られ、でも少しカーテンの隙間から光も漏れてきて高校の文化祭のお化け屋敷みたいな微妙な作られた暗さになっていた。

中央に通路のある4列シートのバスは広島を出発する時点で全列窓側にだけ人が座り、通路側は全て空席になっていた。これは気を利かせてくれてありがとう、と思ったら岡山経由ということで、岡山から更に乗客が増えて全席埋まってしまった。僕の隣には横幅のある男性が着席した。

僕の座るのは窓側の席、といっても夜行便は遮光カーテンを閉めっぱなしになるので外の景色を楽しむようなメリットは全くない。また4列シートでは臨席との距離感は非常に狭い。幅に関しての自由さはシートの幅に限られるのだ。なので、この場合通路側の席の方が通路に多少足なり体なりを預けるゆとりが持てるので、狭さ広さの快適さで言えば通路側の方が良いといえる。

ただ、隣接しているシート間はカーテンで仕切られるので、プライバシーの確保に関しては窓側の方が若干環境が良い。ちなみに、予約時にシートの指定は、できない。

東京到着5時30分。八重洲口は四角四面のいかにも「ビルディング!」という感じの旧大丸東京駅ビルが頭から抜けきっていないので、今のこのテント貼りの八重洲口の風景はスッキリしすぎて今でも物足りない。

予め滞在期間中の美術館の企画展などを調べてきたが、美術館は10時オープンである。それまでの涼しい時間帯にレンタサイクルでジオキャッシングでも‥と考えていたけれど、ふと東京駅に設置されているジオキャッシュのことを思い出した。トナミゴン君が「2日かかった」と言っていた、東京駅を隈なく巡ることで答えが見つかるミステリーキャッシュである。

構内外に出たり入ったりするので、入場券を購入した。入場券には購入後2時間という有効期限がある。

駅に入場したのに5分で出ることになった。改札の外にあるレリーフをチェックするためだ。このレリーフは戦争後進駐軍の鉄道司令部が東京駅に設置された際、進駐軍の目を驚かせないものかと巨大な日本地図を半立体で作成したもので、京葉線の改札外通路に設置してある。

昭和22年のことなので、広島を象徴しているのは原爆ドームではない。5連アーチの錦帯橋が二重橋みたいな扱いになっている。知っている人なら良いとして、知らない人がコレを見ると勘違いしてしまいそうだ。

東京は東京(というか山手線?)を中心に放射状に路線が伸びている。それぞれ自宅と東京を結ぶ路線は利用しても、それ以外の路線を利用する機会というのはあまりないのではないだろうか。

僕は常磐線沿線の住人だったので、東京駅を使うといっても京浜東北線や山手線や中央線、そして新幹線くらいのもので、総武線や京葉線に関してはホームを見たこともなかった。特にこの2路線は地下ホームなので、用もないのに足を運ぶことはまずないし、どこにあるのかも知らなかった。

京葉線のホームは、地下4階。深いだけじゃなくて東京駅の地上口から横方向にもかなり離れた、本当に深く遠いところに収まっていた。これは、マジメに用がなかったら絶対に来ない場所である。

東京駅の象徴たるものは、これ。

これ。

これ。

これ。

これ。

いろんなホームに様々な0キロポストがあるのだ。路線ごとに表情豊か。というわけで、これまた普段使わない路線のホームに足を運ぶことになった。

普段使わない路線というと、総武線なんか地下5階にホームがある。

総武線って新宿と秋葉原を結ぶその延長上の各駅停車も総武線と言っているけれど、いろいろ謎。答えが知りたいわけじゃないので、謎のままにしておく。

2012年に改修が終わった丸の内の赤レンガ駅舎は、例えば屋根の銅板に緑青をふいてレトロな風合いにするのではなく、建築当時の仕上がりや色彩にこだわってリニューアルしたとある。

それは外観だけでなく内装にも及んでいるので、初めて改修後の丸の内駅舎を歩いたときには妙によそよそしい感じがした。小綺麗で明るい感じにまだ馴染めない。

駅長室の入り口。堂々と扉を開けて中へ入っていった人を見て、駅長さん、若いんだなぁ‥と感心していたら、その後ほんの数分の間にいろんな職員の方がわらわらと吸い込まれていった。みんな駅長か?

東京駅を象徴する、といったらコレもある。広い東京駅の待合場所の目印にと設置された銀の鈴。地下の土産物の集まる広場に置かれている。朝早くだったので土産物屋は全く開店していないにも関わらず、店の前には結構なお客さんの列ができていた。

全22箇所を3時間かけて巡って導き出したファイナル座標は‥え、東京駅にこんなとこあるの!?と驚きの場所だった。東京駅ダンジョンツアー、間違いなく充足感のある冒険ができるので、お時間があったら是非挑戦して頂きたい。

眠ったのか眠らないのかよくわからない状態で東京に到着して3時間も歩き回ったので、このあと美術館とかいう気分は失せてしまった。

真っすぐ実家へ向かおうと電車に乗ったのに、それでもそのまま帰るのももったいなくて御徒町で降りてみた。平日午前10時前のアメ横ガード下通路は100%シャッター街で、想像以上に何かのインスタレーションの内部に潜り込んだ気分を楽しめた。

東京に住んでいたらわざわざ写真を撮るまでもない風景なのだけれど‥刹那的に触れた東京の記録を残しておきたいという気持ちになるくらいには、もうすっかり関東っ気が抜けてしまったのだろう。

昭和の終わりごろ上野によく足を運んでいたので、この上野公園の入り口の階段はその時代のころの印象がとても強い。階段は変造テレフォンカードを売る外国人で溢れていた。

西郷さんも、像そのものは変わりないけれど周りの環境が変わっていく。西郷さん向かいの建物には3153とか書いてあった。そもそも建立時に軍服ではなく普段着の像にしたのも西郷さんと庶民との親和性を高めるためとか聞いたことがある。それにしても、現代では3153というところまで来てしまった。

ムスメとテレビ電話をしながら上野動物園前から駅へ向かっていたのに、気がついたら国立博物館の前まで来ていた。ながらスマホ、アブナイな。

せっかくだから展示を見て帰ろうかと思ったけれど、クタクタだとここに収蔵されるくらいの意味も価値もある作品から発せられる創作にかける思いやら熱意やらを受け止める体制が作れなさそうだったので、向きを変えて上野駅へ向かった。

最近バイクの走りでも言えるけれど、広く飛び回るよりもひとつのエリアをシラミ潰しにほじくりまくるのが面白いようで、今回到着早々に東京駅を隈なくあるき回るのはとても楽しめた。仕掛けてくれた方にも感謝。深い歴史と秘密を持った東京駅にも感謝。

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