
11月中旬。
軽装ツーリングが好きな僕は、10月を過ぎた寒い時期にキャンプツーリングには出かけない。でも、ここ最近の朝の気温を見ていると、10度ちょい下くらいならGWの阿蘇と変わらないじゃない?と思ってなんか行けそうな感じがしてきた。
土曜日の朝起きて、天気を確認してからゴソゴソと荷造りをはじめた。慣れもあるし軽装なのであっという間に準備が整う。
さすがにいつものように宿泊にハンモックを使うとなると、この季節はシュラフだけでなく別途ブランケットのようなものがないと不安だ。そこで今回は荷物を少なくするつもりでテントを持ち出したのだけれど、よくよく考えたら「ハンモック+ブランケット」って、うちの山岳テントと容積的にはそんなに違いはないんじゃないかな?
広島県と岡山県の県境あたりまで高速で移動して、ジオキャッシュを拾いながら到着したのは旧広兼家住宅。
あれあれ、ここは‥

たまたま先日久しぶりに見直したばかりの、横溝正史原作の映画八つ墓村の舞台では‥。
たたりじゃ。
そういえば八つ墓村は岡山県が舞台でしたね。ロケ地も律儀に岡山県だったのか。

この建物は江戸時代後期、1810年に建てられたとのことなので、1977年に八つ墓村を撮影した時点で築150年、現在は築200年の邸宅になるのか。恐ろしくしっかりと組みあげられた石垣の上に建つこのお屋敷は、銅山の経営とベンガラの製造で財を成した個人宅とのこと。
いや、もう家というよりお城じゃないですか。


入り口からして無茶苦茶バリアブルなお家、というか本当に城郭に入っていくみたい。
「この土地にこの家を建てよう」と決めてから、こういう家はいったいどこから手をつけるんだろうか。まず石垣から組むのは間違いないのだろうけれど、この規模の建物を建てたいから石垣の規格が決まるのか、石垣が組めたから出来上がった台地にこの規模の建物を築こう、なのか。

門をくぐると受付からテレビの音声は聞こえるのに、ごめんくださいと声をかけても誰も出てこない。よくみるとお爺さんが気持ち良さそうに寝ていらっしゃる。
鑑賞料は400円なんだけれど手持ちに500円玉しか持っていない。お釣りをもらうために起こすのも悪いので、受付のザルにそっと500円を置いておいた。



襖で仕切られた続きの間なんて、八つ墓村で一族勢揃いしたシーンを思い起こさせられる。実際ここで撮ったのだろうか。



建物の、玄関から右側の主人が生活する空間とは反対側には吹き抜けで広い空間の台所があって、こちらでは缶焚きの使用人の方が働いていたようだ。こうなるともう、建物全体が旅館の様相‥いや、旅館よりこちらの方がオリジナルの和風の大邸宅の体裁なのか。

こちらは離れの建物で、下男と番頭さんの部屋。この他にも入り口の門の上は四畳半ほどの夜盗に備えた不審番の部屋になっていたりして、この大きな屋敷で一体何人が生活していたんだろう、どんな生活だったんだろうと考えを巡らせるのがとても楽しい空間だった。
うちに帰ってもう一度八つ墓村を見直してみよう。

通りすがりにハト標識があるようだったので寄ってみた。
広島1+岡山1+山口6+熊本1の合計9羽が僕のハト標識歴なので、これで10羽目だ。

たまたまルート上だった石灰岩のトンネル、羽山第2隧道。ここは以前訪れた際に詳しく書いたので今回は場所の紹介は割愛。
岩肌に人がぶら下がっていた。オーバーハングしたかなり高いところにも人が頑張ってしがみついている。壁面へ普通にハーケンとか打ち込んでいるんだけれど、ここは天然記念物とかそういうものでもないのかな。

ハト、というか、ハレ?11羽目。

以前から地図にマークしておいた備中松山城の展望所。

俺のコバックがある、ん?高倍率のコバックで見ないといけないくらい遠いの?

ち、ちっさ!
遠くの山の上に天守がちらりと見えた。携帯のカメラをコバックに押しつけて撮影。

こちらは手持ちのコンデジの最大望遠。んー、木が茂りすぎて建物の見栄えもよくないな。

先ほどの展望所からお城を挟んで反対側の、雲海の中に浮かぶ備中松山城が見られる展望所へ移動して来てみた。

普段は霧の中に浮かぶ城の写真しか目にしないので、もっと山深いところなのかと思っていたら、眼下に城下町(高梁市市街地)が広がっているお土地柄なのね。この地形と、街を流れる高梁川のおかげであのたゆたゆと雲が溢れる幻想的な風景が作られるのか。

こちらからも望遠で寄ってみた。山頂だけ強めに紅葉しているので、雲海はなくても十分絵になっている。

地域の案内図の文化財の場所を示す番号からマルチキャッシュの抜けてる座標を拾うというスマートなアイディア。

雲が映り込む水鏡のような川、のどかな田舎。
特別名前のあるような場所じゃなくてもこういうところで「ああ、いいな、家を出て良かった」と思える。大人になるってお得になるってことだ。

せっかく秋なので、秋らしい色も拾ってみた。山の上の紅葉はもう盛りをちょいと過ぎたくらいか。

鍵掛峠は駐車場満杯だし結構な人だかりだしで、自分の好きなようにバイクと大山とを綺麗に写真に収めることができない。
夕方は大山南斜面の深いひだがくっきりと浮かんでいる。雄大て、普段の生活ではなかなか感じられない現実離れしたスケールだ。

大山に沈む夕陽‥とういことで、大山よりも鳥取側に降りて来た。この時間にここまで来たらもう帰れない、日の暮れ切るまえにこの辺りで宿泊する場所を探すのだ、と覚悟を決めるしかない。
実はこの季節に外で寝るとか、この時点でもまだあんまり実感が湧いていなかった。

日は落ちたけれど、さらにハト標識を探して‥こいつは違うか。

居た居た。12羽目。
近くの三朝温泉の河川敷には、その昔朝活仲間と何度か泊まったことがあるので、今日はそこへ行ってみることにした。

携帯で撮ったので明るく見えているけれど、周囲はもうすっかり暗くなってしまった。ランタンを忘れてきたので街の灯りでなんとか設営して、食事と風呂へ出かけることに。
※注:10年ぶりに訪れて以前と同じようにテントを張りましたが、ここへ立ち入る際に新しくたてられていた看板にキャンプ禁止の文字がないかを確認して立ち入りました。ところが道路面に「車両侵入禁止」のペイントがあることに翌朝の出発時に気がつきました。到着時はもう暗くて路面が見えなかったのです。手前コンクリートの駐車場に車両を置いて機材だけ持ち込むのは大丈夫のようです。三朝温泉の皆様、申し訳ありませんでした。

さて、三朝温泉といえば、三徳川にかかる橋のたもとの河原の露店風呂。思いの外多くの方が入浴されていた。
以前の記憶だと日によって湯の温度が違っていたように思う。この寒空の下で凍えずに入れるのか湯の温度を確かめておいた。しっかりと時間をかけて浸かれば体は温まりそうな温度だった。

メイン通りの道幅がこの温泉街の古さが匂わせる。調べてみると三朝温泉はなんと平安時代から知られる温泉地なのだとか。

公衆トイレの、ドアと便器が近すぎ問題。
リュックサックを背負って立つと、ドアに背中が押されちゃうのよね。


こういう景色って、どこまでが昔のままでどこからが「っぽく」つくられているのかが、もうわからない。っぽい感じ自体がもうスタンダードになっちゃってるというか。

歓楽街メインストリートの温泉本通りの昔お世話になった居酒屋がなくなっていたので繁華街の外れを歩いていると、酒房比良さんというお店が開いていた。入ってみた。

カウンター、店主さんとの距離が近い。日本酒を同じ銘柄でも幅広い等級で揃えているお店だ。
おとなりに座られた品の良いおばあさんと星や音楽の話で盛り上がった。
「近くの天文台ね、コテージごとに天体観測用のドームに収まった望遠鏡がついていて、一棟貸し2万円で何人でも泊まれるんですよ」ちょっと何言ってるのかわかんない。なにそれ、宿泊といっても夜眠れなくなるやつじゃないですか。

呑み終わったら河原風呂でポカポカになるまで浸かって帰ろうと思っていたら、店主さんに「三朝温泉には湯温45度の激アツの町湯がありますよ」と教えていただいた。それは覗いてみなくては。

歩いて10分の株湯さん。400円。
全身泡だらけの顔も肉体も西川貴教みたいな方が、体を流したあと躊躇なく浴槽にザブンと入るもんだからそういうものなのかと足を浸けたら‥アツっっ!アニキ、それはすごいよ。
「足をしばらく浸けられたら、入れますよ。そういうもんですよ」
と爽やかにアニキが言うのでしばらく足だけ浸けてから湯に入ると‥確かに入れる。長湯はできないけれど。
株湯さんのお湯は温泉津温泉の「ぬるい(43度」と「あつい(47度)」のちょうど間くらいで、温泉津のぬるいほどずっと湯に浸かることは難しいけれど、温泉津のあついほど掛け湯でも地獄のように熱くて湯から上がった時に体を流れるお湯に悶え苦しむほどでもない、という感じだ。
んなもんだから、もしかしたら次はしっかり浸かれるんじゃないかとチャレンジしてみたくなる温度だ。だめだった、いや今度は大丈夫だろう、と出たり入ったり何回か繰り返してしまうのは温泉津のあついに似てる。

夜の温泉本通り、浴衣の人が馴染む景色。いいなぁ。この季節、浴衣だけで歩いている人居なかったけどね。

すっかり夜も更けたし体はポカポカだから、今夜河原湯はパスでいいや。
ついたての向こうに屋根付きの脱衣スペースがあって、その向こうに湯船がふたつ。奥の上流側の湯船にお湯が注がれているので若干熱め。
橋の袂にあるので、いくらついたてがあっても上からは丸見え。
食ったし呑んだし風呂入ったし、あとは寝るだけ。
と、テントに戻ると‥

はぁ?
ビカビカにライトアップされてる。
ランタン忘れたから今晩どうしようかな、とかそれどころではなかった。
夜露を避けるために橋の下に設営したのだけれど‥今更ペグ抜いてバイクとテントを移動するのも面倒なのでそのままここで眠ることにした。くたびれているとこの環境でも寝られるもんだ。



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