SuperCub 出勤前の旅

先日の梅雨の晴れ間の早朝放浪が面白過ぎたので、またまた目的地の向きと距離だけ示すアプリ、風来坊を使って午前5時の夜明けとともに3時間くらいかけて出勤してみました。

カブの特性なのか、目的地に到着することよりも目的地へ辿り着くまでの知らない道を走ること、それ自体がとても楽しいのです。

通勤経路界隈ってもう20年くらいは走っている地域なのに、宅地の激坂やら知らない隧道やら、普段走らない道を選んで走っていることもあるけれど面白いくらい新しい発見があります。

風来坊の示す目的地がどうみても鈴が峰の山頂方面でさすがに登山は諦めましたが、久々にバイクで上がってこられる鈴が峰公園へやってきました。広島西部の商業地や宅地を広く見渡すことのできる高台の公園です。

この山麓の団地を造成する際に大量に出た土砂は、そのまま目の前の海を埋め立てることに使って商工センターの広い埋め立て平野ができました。昭和の終わる頃の話です。

出来上がった平野部では1989年、広島「海と島の博覧会」が開催されました。

7月に入ったというのに、恐ろしく過ごしやすい。寒いくらいの朝。

次の目的地。歴史の散歩道 草津城址登山道って書いてある。ひたすら階段のようだけれど、行ってみます。

鈴が峰の東斜面が朝日を浴びて黄色く輝いています。

この時間にこの場所に居ないとみられないし気づかない景色だな。

この草津の森の山、城山だったのか‥。

先にも触れましたが、商工センターは埋め立てられてできたこともあって、内陸部の公園内に港湾の出入り口にあった灯台が遺されています。

川沿いで空を見上げると、秋を思わせるような雲。

今日はここで、アサメシ。

空が綺麗過ぎて、いつもより上を見上げながら走ってしまう。

市街地へ向かうよ。

次に案内されたのは‥なんと職場内の慰霊碑。これは部外者は近づきづらい場所ですねぇ。朝の6時半に出勤してしまったけれど、一旦退社。

ノートルダム清心中学高等学校の入り口あたりにキリシタン殉教の碑が建っていました。学校とは関係がないようですが、400年前のキリスト教禁教下にキリスト教徒の処刑が周辺の河原で行われていそうです。

江戸時代のはじめに広島に多くのキリシタンがいたということ自体知りませんでした。

元安川に架かる現在の萬代橋は3代目で、被爆建築物の2代目萬代橋は親柱だけが遺されています。

その近くの市庁舎跡。こちらも被爆して建物はなくなってしまったようです。

なんか、だんだん広島の歴史をめぐるツアーみたいになってきたぞ。次に何が出てくるか、現地まで行ってみないとわからないところが面白い。

出勤時間が近づいてきたので、目的地を職場方面へ向きを限定します。

ゴールまであと100mというところで訪れた浄土宗慈仙寺。いいこと書いてある。

目的地へは寺の裏の墓を超えて藪漕ぎしないといけない感じで、こちらは正しいルートではなさそうです。ゴールは江波皿山山頂を示している様子。

広島に住み始めた頃にあちこち徘徊して訪れて以来だから、30年ぶりくらいに踏み入れた江波皿山。もうすっかりどんなところだったか記憶から抜け落ちていました。

山頂グラウンドの真ん中にこんなものが。

明治12年と書いてある。

説明によると、地積調査に着手はしたけれど途中で中止になったため、この石は標石なのに地図に記載がなく、測量黎明期の幻の地籍調査の名残とされている。面白い。

明治12年は、沖縄県と大正天皇誕生。

わしゃわしゃに茂った緑の密度が、これから夏へ突っこんでいくことを教えてくれます。

でも、涼しくて楽しい時間でした。ちょっとおつまみをつまむ程度に、このくらい走るのが楽しいね。仕事にも支障なさそうだし。

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