
2日目。
GWの熊本は5時20分ごろ日が昇ります。その15分前からの朝焼けに間に合うように宿泊道具を積み込んで、1時間かけて高台へ向かうものの、最後の上りは朝からハードワークです。

うーん、朝焼けどころか日の出にも間に合わなかった‥。
登山途中の道路脇から見えるのは、どこか瀬戸内海風にも見える天草諸島の景色。

展望の良い山の頂上へ到着するころにはすっかり太陽が昇ってしまっていたものの、まだ空はいい色をしていました。

天空の鳥居、倉岳神社。人気スポットのようで、早朝だというのに山頂の駐車場は車でいっぱいです。山頂の神社では20人くらいの人が携帯片手に写真を撮りまくっていました。お互い様だろうけれど、なかなか他の人が画面に収まらない絵を切り取るのが難しいです。

神社にしては洋風な、これってよく恋人たちの聖地にあるやつじゃないか?

天草五橋の架かる方面。山なみも島なみも楽しめる景色です。

この神社、右に左に鳥居が設置してあって、どっちを向いても絵になります。天空の鳥居として紹介されているのはこちら側かな。
僕はこの場所、地図と地形で選んで訪れただけで実は全くノーマークの場所でした。

一度見た方面も朝は時間とともに光が刻々と変化して表情が変わっていきます。あっちもこっちも眼が離せない。

水路脇の砂利道を往く。
オフロード寄りのアドベンチャーバイクの良いところは気になる道、川沿いのショートカットダート、崩れた路面、どこでもお構いなしに走れる自由さにあります。CRFに比べて390AdventureRは重量があるので、それに荷物なんか積んだら道を選ぶ走りになってしまうのではないかと心配していました。けれど今回走ってみて全くそんなことなく思い通りに好きな道に踏み込んでいけることが分かりました。何だろう、何にしても不安がない。

明治11年に架橋された楠浦の眼鏡橋は径の違う円弧の組み合わせでできた形がとても綺麗な橋です。橋の上はとても綺麗な芝生が生えそろっています。遠くからみても近くからみても景色に馴染んでいると思えるのは、古さだけでなくコンクリートの造形よりも石組みの方がより自然に近いとどこかで捉えてしまうからでしょうか。

海と空と島があまりにも穏やかで気持ち良い入江沿いを走った。道を外れて水際まできてみました。
すぐ後ろは民家で、この土地の人には馴染みのある景色なのだろうけれど、僕にとっては持ってきた朝食が何倍も美味しく感じられる景色です。

入り組んだ入江に小さな集落。これも瀬戸内海っぽい景色だなと思ってしまうけれど、尖塔のある聖堂が九州の西海岸感を高めてくれています。
いや、微妙に瀬戸内海との違いを感じるのは、もしかするとこのあたり潮位差があまりないのかもしれません。建物が妙に低い位置にある。海と家の高低差が異様に少ないのです。瀬戸内海だと護岸がもう少ししっかりと設けてあって、建物はその上の高さにあります。

こういう聖堂がいくつも遺されているところに、同じ田舎でも歴史的にちょっと他とは違う味を含んだ土地だと思わされます。一代や二代では醸せない歴史の重さがあるのです。

そういえば、このツーリングでは猫をやたらとみたな。

以前、長崎西部を濃密に巡った旅では重厚な聖堂を訪れまし。犬も歩けば的な密度であちらこちらに聖堂があるわけではなく、うまい具合に点在しています。それらを巡るのも長崎や熊本の西海岸を走る楽しみのひとつです。

西側の海岸線は広々とした海と水平線を眺め続けながら走ることになります。流しているだけでも気持ちが良い。展望所も多い。

ただどこの展望所もきちんと整備され続けているかというとそうでもなく、ここはアプローチ路が険しいので誰も来ないようです。1階部分はものすごく音の響きが良く、自分の歌が上手く聞こえます。

この、誰も来ない展望台からの、なにもなさ。

車の通った轍さえない道は落ち葉だけでなく落ち枝だらけで、前輪の跳ねた枝が足に刺さります。

天草市のある下島は全てが天草市ではなく、北西部に苓北町という町があります。この町の北西部に富岡という半島が飛び出している。ここに7つのアースキャッシュが集中的にパブリッシュされていて、まだ誰も獲っていないのです。
ここを訪れるのが今回のツーリングのひとつの目的です。

見て!このカマキリの腕のように海に突き出した砂州!
これを見るだけでも訪れる価値があります。

高台には富岡城が復元されています。半島は三方を海に囲まれ、攻めるには砂州で繋がった一本道を行くしかない天然の要害。天草四郎とその仲間たちの2度にわたる猛攻にも落城しなかった城です。
石垣は鉄分を含む石を使っていて、パッチワークのような美しさ。僕の来城目的は城そのものではなく、この石垣だったりします。

日本を支え、作った人たち。勝海舟と頼山陽と、あと誰だっけな。

本命の砂州へ。

砂州は腕の中程まで玉砂利が敷き詰めてあるような道が続いていました。浜は砂というよりは砂利が堆積してできています。
これが海方向へ真っ直ぐ伸びて沖の島とつながるとトンボロ、ここのように横方法へ伸びるとスピット、スピットが伸びて先端が陸と繋がるとバーと呼びます。
5月の陽気、気温はジャケットを羽織ったまま歩ける程度だけれど、日差しはジリジリと暑い。夏は厳しいだろうなぁ、このアースキャッシュ訪問。

島原へ渡る港へ向かう途中、おっぱい岩が水没していました。石灰岩が角から溶けていくことで丸くなって、それが膨らんだおっぱいの形になった岩を近くから観察するのがアースキャッシュの課題なのだけれど、近づけません。仕方がないので周辺に散らばっている小おっぱい岩を観察して課題に臨むしかありません。

天草の訪れたい場所はすべて巡ることができたので、島原半島へ渡ります。この航路のおかげで有明海を囲むルートが輪のように繋がり、島原や天草を巡る自由度が大幅に高くなるのです。
以前訪れたときは目の前で出航されて乗り過ごしたかと思ったら、GW中の繁忙期ということで増便に次ぐ増便で待ち時間ほとんどなしで乗船することができました。
今は人員不足で冬ダイヤのまま運航しています。

島原半島の最南端に、どうしても見ておきたい露頭があるので南下しました。今回のツーリングの一番の目的地です。
あたり一帯はゆるやかに起伏のつづく地形に逆らわずに畑が広がっていて、春の陽気と空と畑の若葉や掘り起こされた土との色合いが混ざり合う景色に、なんとも言えない多幸感に包まれます。

恋人たちの聖地?こんな地の果てのようなところに来られるカップルなら、それはもう仲良しさんな証拠です。おめでとう。

島原半島の大部分を覆っている雲仙の安山岩は約78万年前にできたとされているのに、この最南端の一部分だけ約430万年前の海底火山の噴火による地層の露頭が見られます。しかも3つの全く違う岩が層になっていてそれぞれに歴史があるのです。
萌えるわ。こういうのはバーチャル体験ではダメだ。本物を現地で触って体感することに意味があります。

随分昔に訪れたはずのだんだん畑の見える丘。以前は場所を間違えていたのかな、これほど度肝を抜かれるような景色を見た覚えがありません。

それぞれの段をつくるのにどれだけの人手と手間がかかるのでしょうか。
耕作地としての実用性に加えて、しつこさに脱帽させられる造形美を備えています。耕した甲斐があるなぁ。素晴らしい。

小浜温泉周辺は大渋滞していたけれど、温泉街の外れにあるおたっしゃん湯(脇浜温泉浴場)本館別館は山から直接降りてくれば海沿いの国道の渋滞にはまらずに済む場所にあります。古い、番台のある温泉で入浴体験そのものがエンターテイメントになるような良いお風呂でした。

雲仙千々石線、通称ドラゴンロード。
ここもメジャーになってしまったのか、バイクがひっきりなしに停まって写真を撮る場所になってしまいました。

雲仙仁田峠循環道路にも久しぶりに入ってみました。途中の展望台から平成新山を望む。
普賢岳周辺のもともとの稜線は緑色の終わるところあたりで、その後ろにある地肌むき出しの山が平成新山。1990年から1991年にかけての噴火で溶岩ドームが形成され、最高峰だった普賢岳を超える高さにまで成長しました。
ちょうど大学生の時でした。自分が大学時代の世の中の大きな出来事は湾岸戦争と雲仙・普賢岳の噴火だったな。

何年かごとに間をおいて訪れているが、初めて見たときは全く草木も生えていませんでした。

島原の街は大きな河川があるわけでもないのになにかが堆積してできたような平坦な広がりを見せる。原因は、言うまでもありません。
地理地形に着目して景色を眺めると、その場との時だけ見えるものが当たり前に見えなくなるし、ここに至るまでの出来事を想像する楽しみ方ができます。

またまた時代の厚みが積層した断面。噴火による堆積といっても、噴火の仕方によって爆発によるもの、溶岩流によるものの跡が時代の目次として断面に現れるのです。
この地域、この視点で巡るのはとても面白い。といってもアースキャッシュとして紹介していただけているからこそピンポイントで効率よく土地の歴史を拾って行けるのです。

ジオキャッシングでしゃがみ込んでコンテナを探すのも、足でアースキャッシュを巡るのも、実はものすごくくたびれます。ツーリング2日目が終わってもう、クタクタにくたびれてしましました。
この日、まだ明るい18時に寝たと思ったら目が覚めたのが午前1時。そのまま寝たら次は朝の5時に目が覚めました。11時間睡眠だ。自宅でこんなに長時間寝るのはまずあり得ないのだけれど、ハンモックは寝心地が良いので家では難しい二度寝・三度寝ができてしまう。
3日目につづく。



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