
ゴールデンウィークの2泊3日(スタート前夜の車中泊を含めれば3泊4日)で九州を巡ることにしました。今回は天草や島原半島南部の地理・地形・地質を見るのが目的で、途中の道程はどうするか特に予定も計画も立てずに出発しました。
地図には巡ってみたいところを示す旗が大量に立ててあります。九州で行き場に困ることはないでしょう。

広島を夜に出てできるだけ距離を移動しておくことの利点は、早朝から現地でスタートできるところにあります。晴れた日は、日の出から3時間くらいの、太陽が低い位置から光を射す時間帯が、特に山の景色を綺麗に楽しめる時間です。
狙い通りスタートしたものの、寒い。

大阪のMAVさんが阿蘇にいるとのことで、大観峰で待ち合わせました。大観峰は普段あまりにも定番すぎて、バイクから景色は眺めても突端まで歩くことはほとんどなくなっていたので、こういう機会は良いものです。
自分が高いところにいるせいか、いつもよりも近く感じる雲が結構な速度で空を流れていきます。気温が10度を切っているうえに、体が飛ばされそうな強さの風が吹いていて、体感気温はかなり低めでした。

みるみる雲の形が変わり、太陽に照らされる地面の見え方も変わっていきます。
変化に富んでいて飽きません。実際にはそんなことはないのですが、遠くの景色は、外輪山のスレスレを雲が流れているように見えます。

久住連峰から産山方面を見ていると、地平線から突き出している人工物が見えました。

これ、なんだっけ?阿蘇って廃ホテルとかなかったっけ?

ふたりとも目的地が決まってないので、地平線の先の人工物を探しに向かってみることにしました。方角的にはうぶやま牧場方面です。
まだ寒いので、ミルクロードに注がれる日差しがありがたい。

外輪山の谷間に入るとたまに見失うけれど、見晴らしの良いところでは相変わらず地平線の先に飛び出している人工物。

到着したのは「阿蘇やまなみリゾートホテル&ゴルフ倶楽部」でした。この建物は宿泊施設として使われている様子です。
今まで気にしなかったくらいだから問題にもなっていないのかもしれませんが、気づいてしまうと、横に長い外輪山周辺の景観を破壊する勢いの高さです。周囲からは何も言われないものなのだろうか、と考えてしまいます。
高いと言えば、うぶやま牧場の大きな風力発電機が、いつの間にかなくなっていました。あれこそ景観破壊によるクレームで撤去されたのかと思って調べてみたところ、2001年から運用していたものの、売電収入の減少と老朽化によって2022年に解体されたとのことでした。景観がどうこうと文句を言われるどころか、牧場の象徴として人気があったようです。
高さのあるもの、気にしないのでしょうか。この辺りの景色にニョキニョキと高層建築物が建ち並ぶのは、あまり気持ちの良いものではありません。……などと言いながら、あれだけ周囲から飛び出しているホテルの最上階からの景色は、想像するだけで胸がときめきます。

「箱石峠の地層断面」と地図上に表記があるところ。実際はものすごい力で下から押し上げられたのだろうけれど、ミルフィーユの生地のようにグニャリと褶曲させられているワンポイントがかわいらしい。

阿蘇に対しては、初めて訪れるという新鮮さは残念ながらもう随分と薄れてしまい、むしろ昔住んでいた場所くらいの馴染み深ささえ感じる地域になってしまいました。
それでも、南阿蘇の畑の中の道と箱石峠には、新鮮さではなく心地よさを求めて足を運んでしまいます。
箱石峠は(晴れていれば)スケールの大きさにいつも心を揺さぶられます。訪れるなら、山ひだがメリハリを持って見える朝か夕方が良いですね。

MAVさんもご満足いただけたようで何より。

あ。
1万年ぶりにコケたそうです。地面が地面なだけに、実害ほぼゼロ。

地図にない道、アドベンチャーとスクランブラー。旅感あります。

上色見熊野座神社にやってきました。先月も京都でMAVさんと神社参拝をしました。お互い遠くに住んでいるのに、地元ではない場所で行くところが神社というのも面白いものです。

手水舎の水を手にかけて驚きました。手のひらに当てるだけで分かる、丸さのある水です。全然硬くなく、痛くありません。

息が切れるほど階段を登り切った先に「穿戸磐(うげといわ)」があります。
鬼八法師が阿蘇大明神に追われた際に蹴破って逃げたと言われる大穴です。鬼伝説も多いですね、阿蘇は。

そういえば、「鶏炭火焼 らくだ山」が近いうえに開店時間です。昔はなんでもない店でしたが、最近は超人気店になったらしい。
…と訪れてみると、開店直後なのに駐車場は満杯で長蛇の列。GW×人気店、これはいけません。せっかくの休みの時間を並ぶために費やすようなものです。
入店は諦め、せっかくここまで来たついでに、らくだ山へ登ってみました。

歩くだけでかっこいい、漢。

岩にもたれるだけで絵になります。
ラクダ山のこの岩は、柔らかい地盤を貫入してきた溶岩で、柔らかい土が削られてしまったことで、硬い火成岩だけが露出した状態で残ったものです。棒状に見えますが、奥に長い板状で、それが遠くから見るとラクダのこぶのように見えることから「ラクダ山」と呼ばれています。

ピーカンとは言えませんが、夏とは違う春の景色。
雲のおかげで、雲間に見える青空のありがたさに磨きがかかります。

30年ぶりくらいに訪れた高森の御食事処は、MAVさんが九州に住んでいた頃に、家族で訪れたことのある店だそうです。
30年前と同じく、だんご汁を頼みます。

だんご汁は、だんごの大きさや形に店ごとの特徴があります。
実は以前食べた時も「特別美味い!」とは思わなかった店なのですが、30年経っても変わらず味が薄くて塩辛い。でも、30年変わらずそれというのも、なかなかすごいことです。30年後、また来てみよう。

宮崎へ行く」とMAVさんに告げて南東へ向かったのですが、この先、宮崎や鹿児島を経由して目的地の雲仙へ向かうとなると、残りの日数と行程を考えれば、ただ走るだけのツーリングになってしまいます。
「現地滞在型・掘り下げツーリング」をしたくて出てきたのに、少しテーマから外れてしまう。今回は雲仙メインでやってきたのです。途中から西へ進路を変えました。
細い道を走っていると、春らしい色の林に出会えました。

小笹円形分水。非常にシンプルで綺麗な円形分水です。

コンクリートの仕切りで外周の水路が8:2くらいに分水されています。
このうち8の方は、写真上側の水路から奥へ向かって6km離れた通潤橋を通じ、高台の白糸地区を灌漑する水として供給されています。事業は江戸時代末期の1857年に完了しました。
そうか。通潤橋って、「つうじゅんきょう」という名前が馴染みすぎてひとつの固有名詞だと思っていましたが、機能を表している名前なのですね。その形状と「橋」という名前から、つい橋として見てしまいますが、本当の目的は「通潤」の方なのです。
今回スルーしようかと思っていた通潤橋ですが、これを知ってしまうと見ておかなくては、という気持ちになり、なんとなく通潤橋方面へ向かってみました。

途中、道路から見えづらいところに立派な聖リ瀧(リはカタカナ)。

ふと道路脇に「←通潤橋」と書かれた小さな看板が目の端に見えました。歩道のような道があって、その脇を水路があります。これはもしかして‥追いかけてみます。

残念、隧道だ。

抜けた先をみつけました。

そのまま水路沿いの道を進みます。

到着したのは、

通潤橋でした!
この日は強風で、役場から「通潤橋の上は通行止め」との指示が出ていて渡れませんでした。その警備に当たっていた方がバイク好きで、色々と話し込んだうえ、通潤橋についても詳しく教えていただきました。
通潤橋は向こう側の白糸地区へ水を送るための水道橋で、向こう側の方が数m低くなっているため、逆サイフォンの原理で動力を使わずに水を送ることができています。
橋の中には3本の導水路があり、橋の中央の栓を抜くと、向こう側に溜まった水が逆流してこちらから送る水とぶつかり、通潤橋特有の放水となります。放水本来の目的は、導水路内のゴミの排出だそうです。

こちらの水を送る側には3つの導水路に繋がる3つの水門があります。水を送るにはこれを手動で持ち上げるそうです。

レゴでなんでもつくる人がいるけれど、昔の人は石組みでそれを行ったんですね。
現在は左奥に流れていく水をポンプで白糸地区へ圧送しているので、通潤橋の本来の用途はすでに終わっています。導水や放水は観光のために行っているとのこと。

警備の方が「バイクをここに置いて行ってもいいから五郎ガ瀧も見て行きなさい」と強く推すので行ってみることにしました。
この川下に、とても立派な滝があります。以前は向こう岸を歩いて行ったので、今回はこちら側を歩いてみました。

10分少々歩くと滝を眺めるのに最適な場所にある吊り橋に到着。昨日雨だったので水量もたっぷり。絵に描いたような見事な滝です。
ここでキャッシュがあることに気づきました。ディスクリプション(説明文)の書き方が、広島のgomatarinoさんの書き方そっくりだと思ったら、ご本人がオーナーのキャッシュでした。はるばる九州まで、ご苦労さまです。ここは確かに、キャッシュで紹介したくなる場所ですね。

西へ向かいます。
石橋、というか水道橋がなぜここに?と思うような山中にあるというので細い山道を登ってきたら、崩壊?

山が崩れて道も荒れ放題。帰ろうとしたら、

あった!少し低いところにあったので見えなかった。

これも一見するとただのアーチ橋に見えるし、どうしてこんな山奥に?と思ってしまうけれど、ここをこの高さで導水しないと向こう側へ水を導けないから、ということに気がつければここにこれだけの労力をかけるのも納得できます。
この先、水路が暗渠になってそのままダートとして山を下って行っていました。傾斜も緩やかなダートだけれど、それなりに荒れています。CRFなら追跡チャレンジしたでしょうが、今回は重たい方のバイクなので後ろ髪を引かれる思いで導水の行末を確かめるのはやめておきました。

ここにも小さな石橋。

ここにも立派な石橋。
1847年に架橋された霊台橋。これは水道ではなくて純粋に橋ですね。まだ江戸時代の橋なので、西洋の技術や造形は入っておらず、中国(明や清)の東アジアの架橋技術を日本独自に解釈してつくられたものです。真ん中あたりがクニャっと膨らんでいるあたりになんとなく大陸文化を感じます。

ここにもgomatarinoさんの足跡。ありがとう。

八角トンネルを目指してきたら、ここにも立派な石橋。デザインは霊台橋に似ている二俣橋です。2本の川が接続してY字型に川が流れているところに2本の石橋が架けられています。

ただ、1本は水害によって崩落の危機。
現在は橋としてこれを使う必要もなく、ただ観光目的のためだけに修復するには腰が重いといったところでしょうか。人がワラワラと押し寄せるところではないと思うのでどうするかの判断は難しいのかもしれません。

過去や未来へ、時間を超えるワープだ!

これまたどうしてこんな山の中に?と思ってしまうけれど、鉄道が通っていたと知って納得。
ただなぜ八角なのか、また完全なトンネルではなくて隙間の開いた七連アーチなのか。落石避けと言われているけれど、隙間どうなの?

その不思議さも含めて、ミステリアスなところがいいんじゃないでしょうか。他ではみられない造形に惹かれてしまいます。

残念、引き潮だ。歩いている人を見たかったわけではない、海中から突き出した電柱を見たかったのです。
ここ、長部田海床路もすっかり観光地化されてしまって、店が並び人が溢れかえっています。今時の建物やワンピースのキャラクターの像に長蛇の列。
物静かで飾らず寂れて哀愁の漂う地味な海中電柱という雰囲気はすっかり霧散してしまいました。

少し進むと、海の中に軽トラが止まっていました。
正しくは海の中に伸びた砂利道の先に軽トラが停めてあります。

有明海はこのあたりでは超遠浅の海です。それを利用してか、ここだけ砂利を敷き詰めて周囲の砂浜より少しだけ高さを増していて、干潮の今、これが沖に向かって一直線に伸びる道になっています。幅は20mくらいある。

突端まで来てみました。なんと沖合いまで500mも伸びています。

バイクで入るとハマってしまうかと思ったけれど、意外と平気。ただここまで来ると押し付けたタイヤ痕には海水が滲んできます。海の水位からすると地面のすぐ下はユルユルのグチャグチャなのだと思う。

おそらく養殖業かなにかの作業をしやすくするためのものなのでしょう。規制は全くないとはいえ、観光目的で突っ込んで良いようなところではなさそうだったので長居せずに戻りましたが、浜へ向かって走っているとバイクから磯の焼き物屋の香りがぷわーんと匂い立ってきました。エンジンやエキパイは海水の水分の飛んだ何かでパリパリにコーティングされてしまいました。
このあとすぐに真水で洗い流しておきましたた。非常にオススメしたいけれど、いろんな意味でオススメし難い。

御輿来海岸の展望所。対岸は島原半島の雲仙です。

ああ、ここでゆっくりのんびりしたい。けれど宿泊場所が決まっていません。

みつけた。道の駅のキャンプ場。

夕焼けに染まる海岸はさぞ綺麗だろうとまた展望所へ来てみました。
この様子だとあまり綺麗には焼けないかな。

と思って泊地に戻ってビールを飲んでいたら、対岸が焼けていました。

今週のビックリドッキリメカ。足踏みポンプ付きのロールマット。
これはいい。大抵エアマットを膨らませるのは酔って寝る前で中にアルコール臭い呼気を充満させることになるけれど、これはその心配がありません。

夜、曇り空で星は見えなかったけれど、対岸の島原の街のあかりが空を照らしていました。
2日・3日目へ続く。



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