デーモンスレイヤー

デーモンスレイヤー

英語版の「鬼滅の刃」の作品タイトルだとラジオで言っていた。

デーモンスレイヤー:鬼を滅ぼす(殺す)者。

番組出演者が「これでは原作のタイトルのニュアンスが全く表せてないよねー」と言っていた。そもそも「デーモンスレイヤー」では鬼滅の刃の「鬼滅」を直訳しただけではないか。刃はどこへ行った?

「鬼滅の刃」というタイトルの「刃」には様々な含みがある。「刃」が 鬼の首を切ることのできる「日輪刀」のことを指しているか、というとこれが単なる物理的なモノを指しているわけではなく、鬼を滅ぼすために修行を積んだ人々や組織や意思や決意など様々な想いがまとめて「刃」という一文字にギュっと込められていることを、僕たちは「鬼滅の刃」という原題のタイトルから何となく感じとることができる。

この「なんとなく感じる」ということが日本人の、日本語のどちらかというと良いところなのだろう。具体的にコレとは示し難いけれど、意味合い的には同じものを感じ取ることができること。ニュアンスや含みのある表現を使うことで、お互い角が直接ぶつかり合うようなギスギスした感じにならなくても居ることのできる技なのだと思う。

吾輩は猫であるの英語のタイトルは「アイアムアキャット」である。この「アイアムアキャット」からは「吾輩」や「である」という匂いは漂ってこない。英語で原題のニュアンスが分かるようにするとどうなるのかAIに相談してみると「I, the Noble Cat 」と返答があったが、これでも「私、高貴な猫」になる。高貴な猫なら私のことを「吾輩」と呼ぶだろうし、「猫です」ではなく少々尊大に「猫である」というのではないか、ということを字面を見た人に想像させることはできても、タイトルそのものが「吾輩」や「猫である」と表現できているわけではない。

話を鬼滅の刃に戻すと、「鬼滅の刃」というタイトルを日本語でもう少し分かりやすくほどけば、「鬼を滅するために己が刃となって命をかける鬼滅隊」ということなのではないか。これを英語にすると「Those who become the blade, laying down their lives to slay demons」‥長い、長すぎる。

AIに何とかならないかと相談してみた。すると、

「私が「原題の精神」に一番近いと思うのは
“Blades of Demon Slaying” です。
「刃=人々」という比喩が一番シンプルに伝わり、文学的にも力強いからです。 」

そうそう、刃は刀の刃そのものを指すのではなく、鬼を滅する人々やその力や想いを指すのよ。‥って、あれ?これで英語でも刃が単にモノではないことが伝わるのなら、どうして初めからこうしなかった?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です