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三十路日記 2006

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■2006年10月某日 なるほど■

多くの人に「なるほど」と思わせる人こそ
仕事のできる人。



■2006年9月某日 似て非なること■

最小の投資で最大の効果を得ることだけを考えているわけではないのです。
最大の効果を得るための最小の投資について考えていることもあるのです。
決まった予算でどれだけ遠くまで行けるかということばかり考えているわけではないのです。
そこへたどり着くためにどれだけ無駄をなくしていくかということも考えているのです。



■2006年9月某日 最大公約数・最小公倍数■

複数の人が関わってそれぞれに思惑がある状態で何かを決めなくてはならないとき。
それぞれの考えがオーバーラップすることだけで済ます最大公約数的な考え方と、
全員の考えが満たされる最小公倍数的な考え方のどちらをとるか。
前者は誰かが「自分の要求が全て満たされてはいない」と不満を持ち、
後者は「何で自分の思いと違うことにまで付き合わなくちゃならないの?」という不満が生まれます。
どちらかを選べといわれたら、自分は前者派。
無駄がなくて我慢が必要な前者と、無駄があって我慢が必要な後者なら、前者がいい。



■2006年9月某日 適正な評価■

多くの人にとって過大評価も過小評価もしてくれない相手に出会うことは
難しいことだと思うし、それを望んでいないかもしれない。
自分の場合は、そんな相手に出会いたくてしかたがない。



■2006年8月某日 得意な教科■

美術という教科は、得意な子が楽しんで、
不得手な子が楽しめないという教科ではありません。
個人が一生涯を通じて、美術だけでなく文化に通じるための
足がかりや教養を得るための教科であるべきです。
さらにこれは美術に限った話ではなく、他教科でも同じであるべきことです。
「得意な教科は?」とよく聞きますが、これは良くない。
本人がある教科に興味を持っていても、成績を基準に考えると
自分を他の生徒と相対的に比べた評価で「得意」とは言えないことがある。
本当にその子自身について尋ねたいなら、
「興味のある教科は?」または「特異な教科は?」と尋ねるべきだと
いつも思います。



■2006年8月某日 伸び■

仕事でも遊びでも、不具合な状態に我慢強い人や集団は伸びない。
違和感を捉える感性とそれを排除しようとする活力を
いつまでも保ち続けたい。



■2006年8月某日 腹の立つこと■

仕事に追われる日は飛び込んでくる仕事に腹が立ち
仕事に余裕が出てきた日は仕事を追わない自分に腹が立つ。
どちらにしても仕事ができない自分に腹が立つ。
いや、仕事からたくさん学べていない自分に腹が立つのかな。



■2006年7月某日 偉い人・デキる人■

デキる人が偉い人と勘違いしてほしくないし、
ましてや、偉い人がデキる人と勘違いなんかしてほしくない。
ホントは世の中、デキる人は居ても偉い人は居ないでしょう?



■2006年7月某日 理想■

趣味や仕事や人間関係も、理想があるから求めるのであって、
それが全ての原動力になっているなぁと思うことが最近よくあります。
今日は視点を変えてそのことについて考えてみたのですが、
理想を求めることをあきらめたり理想に達してしまったら
自分を突き動かす力が弱くなってしまうのか?という考えに行き着きました。
日々、仕事や人との付き合いに
理想とかけ離れた不満をもつこともありますが、
不平不満はそれを改善する行動を起こすための種として
100%純粋にネガティブな要素の札を提げないように考えたいものです。



■2006年6月某日 自分の売れるもの■

新しく「企業」に就職して2ヶ月半たちました。
企業といっても人の集まりなので、
結局最後は人対人ということにはかわりありません。
でも、これまでの仕事と違うのは
何を自分が売っているか、です。
久々に前任の職場だった学校の文化祭へいって
子どもたちの爆発的な創作力に触れ、
ああ、自分がしたいことは子どもたちがモノを創ることの感動や感激を
より強く感じるための手助けだなぁ、と思いました。
お金を産み出す事を1次的な目的にした仕事は
自分に向いているとは決して言えないと感じました。
 



■2006年3月某日 削っていくこと■

余計なものを削いでいくのが好きです。
削いだ結果のものを見るのも好きです。
自分の考える「しあわせ」に付随している余計なものを
削いで削いで削ぎまくったら、
最後に何が残っているだろう。
余命がないかもしれない、という経験をしてから
自分が探しているのはソレかもしれない。



■2006年3月某日 前へ進まない話■

相手に不利な要素を並べ立てて自分を保とうとしても、
それは話を前へ進めていることにはなりません。
なにか問題が起こったときにまず保身を考えるような人は
せめて話が前に進むための方策を妨げないよう努めて下さい。



■2006年3月某日 客観性■

相手が何を得たかを想像するのは簡単でも
相手が何を失ったかということを理解するのは難しいこと。



■2006年2月某日 節目■

人の一生の中で、
季節の変わり目とも言える転機が
時折訪れますね。
離婚が決まりました。
一人だけの問題じゃなくて
幾人かが関わってくる人生の節目です。
できるだけ多くの人が
次に暖かい季節を迎えられる
節目になるように願っています。
振り返ってみると6年半の結婚生活。
何か行動を起こすことが相手の不利益になるので
互いに消極的で問題を先送りしてきた感のある結婚生活でした。
それでも積み上げてきたものは
それほど小さくはないぞ、と思える
6年半でした。



■2006年2月某日 合成洗剤■

広島で単身赴任をはじめるために
千葉の家から持ち出した
新聞契約時にもらった合成洗剤。
ほぼ週末しか洗濯しないので、「この1ハコがなくなるころには家族一緒に生活できる」と
時間の経過を洗剤が減っていくことに置き換えてワクワクしていました。
単身赴任は最初の予想以上に長引きました。
今、持ってきた洗剤は3ハコ目がなくなりかけています。
3ハコも使ったんです。3ハコも。
予想以上に多くの洗剤を消費しましたが、
家族は一緒になれそうもありません。
小さなハコだし、消費した量は大した量じゃないように思いますが、
そのハコに収まり切らないような大事なものを
この2年間で洗い流してしまったような思いです。



■2006年2月某日 好きなタイプ■

AはBより正しい。
BはCより正しい場合、
CがAより正しくなる例を明示して下さい。
といった質問をしたときに、
真剣に考えてくれるようなタイプの人がスキ。



■2006年2月某日 心配性の方へ■

「あなたのためを思って」と言いながら
実はその言っている本人が安心感を得たいためにかけてくれる心遣いは
度を超えるとかなり迷惑です。



■2006年2月某日 これから起こりうることにむけて■

物事の選択が自分の意思でできなくなってしまったら
その時点でその人が「人間らしく生きる」ということは終わりだと思う。
社会性を持つこととそれは、排他的な選択になることが多いけど
あらゆる選択の場面で自分がどこに線引きをして
それを選んでいるのかを意識して生きたいと思う。



■2006年1月某日 密度■

高等学校の非常勤講師は基本的に授業だけしか担当しないので、
生徒に関われる時間は非常に短く
この1年はなんだか仕事がスカスカした感じでした。
将来どんな仕事に就いても
こんなにスカスカした感覚を味わうくらいなら
忙殺されるほうがマシだと思う
今の気持ちをここにしたためておく。



■2006年1月某日 意識のある時間■

意識のある時は常に「もらっている」か「出している」かのどちらかである。
五感のなにかに刺激を受け
それが経験のしたことのない出来事であったり
経験はしているけどその経験を豊かにできる状態であれば
「もらっている」状態。
そこから自分なりになにかを紡ぎ出して
新しい何かを放出できているときが
「出している」状態。
いろんな人や自然から様々な刺激を受けているわけだから
「出している」ことが「もらっている」事を越えることは
おそらくあり得ないのだけど、
私的な希望は
もらっている<イイモノを出している でありたい。
仕事の時間である「授業」はイイモノかどうかは別にしても
「出している」をしながら「もらっている」時間なので
僕にとってはかなり嬉しい時間のひとつ。



■2006年1月某日 今年の抱負■

珍しく年初に抱負など。
昨年末から年明けにかけての「腫瘍らしきもの」騒動で
自分の残りの人生について真剣に考えることができました。
診断結果は何でもないということでとりあえず命拾いしましたが
今年の、というか今後の抱負をひとつ。
「できるだけ多くの人が笑えるという範囲で
できるだけわがままに生きよう」