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三十路日記 2005

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■2005年12月某日 初体験■

ずいぶん前から少しは感じていたのですが、
最近胸の内側にハッキリとした違和感を覚えて病院へ行きました。

内科で問診後にレントゲン撮影。
気管支の分岐の形状がおかしいということでCTスキャン撮影。
そこで気管支は問題無いということが分かりましたが、
心臓の背中側にしっかりと形の分かる腫瘍らしきものがあることが分かりました。

そこで今度はMRI撮影。

前々からやってみたいと思っていたことの目白押しでしたが、
疑いのあるものを見つける検査となってしまったので、
その不安感は好奇心以上でした。



■2005年12月某日 触れてみて分かるもの■

iPodを買いました。
久々にカタログスペック以上に
触って初めてその良さが分かるものを手に入れました。

数値化できない良さに触れたときのゾクゾク感は
たまらないものがあります。
作り手の感性やら狙い所と製品を通して直結した感じ。
たとえばバイクの乗車ポジションやトルク感。
たとえば新品の画筆で描く一筆目。

iPodの場合は操作の小気味よさや手触り、シンプルさ。
どれも数値にできない気持ちの良さです。



■2005年12月某日 理性的な喧嘩■

大人の理性的な喧嘩は感情的な喧嘩よりもたちが悪い。

感情的な喧嘩のあとに「自分が悪かった」と言うよりも
理性的な喧嘩のあと自分の非を認める方が難しい。



■2005年12月某日 簡単なことができない人■

バイクのライディングスクールのインストラクターをしている知人の経験談。

ノーブレーキでスラロームをする、という課題で
バイク慣れしている人は結構なスピードで突っ込んでしまい、
ほとんどの人がコースアウトしたりブレーキを使ったりしてしまいます。

この課題は速度を落とせば誰でもできる課題なのですが、
速く抜けよう、上手く抜けようということにとらわれてしまうと
かっこわるくゆっくり走って課題をクリアするということに
気づけなくなってしまいます。

裏を返せば、この簡単な課題は
そんなことにも気づけないことに気づけ、という意味のある課題だと言うのです。

多くの人の共感を得る話かどうかは分かりませんが、
自分の胸には響く話題でした。

似たような話ですが‥生徒が携帯電話で競馬の動画を見ていました。
TV視聴が可能な携帯で録画でもしたのだろうと思っていたら、
「テレビの画面をムービー撮影した」とあっさりした返事。
そのときも先の話をした時と似たような感覚だったなぁ。



■2005年11月某日 シンプルに■

たまたま見たNHKの日曜美術館が
李禹煥を取り上げた番組でした。

もの派の作品に対する李さんの評、
「既成の見方を捨て去れば、そのままの世界の鮮やかさがみえてくる」とのこと。

虚飾の無い世界、いいですね。
先日キャベツを生でかじったときにも感じたよ。



■2005年11月某日 使い捨て?■

XOOPSをつかってみて思ったこと。

HTMLだけでWebを作っていたこれまでは
記録してきたものはHTMLのデータとして
目に見える形で残るのであまり考えませんでしたが、
今時フリーのBLOGにデータを書きためてる人って
過去の膨大なログはどうするんでしょう?

と、余計な心配するから貧乏なことになるんだな。自分。



■2005年11月某日 今時のWebサイト■

千葉の自宅サーバーの負荷を分散しようと
広島にも重たいファイル専用にとサーバーを置きましたが、
どうせ外向けにサーバー立てるなら
Webサーバーも置こうということでAache設置。
で、どうせWebサーバー立てるなら今時のサービスをしてみようと、
ずいぶん前から気になっていたXOOPSをつかってみることにしました。

Webサーバー+PHP+MySQL&XOOPS。

もらいもののテンプレートを充ててでてきたものは‥
シャキっとしているというか、四角いというか、
ブロック単位で管理されている感じの
とっても今時のページ。

しばらくいじって、あらためて今現在の自分のページを開いてみたら、
なんとシンプルでさびしい感じのすること‥。

どちらが良いというわけではありませんが、
純粋にHTMLだけのページを家庭的でなんだか懐く感じる日も
そう遠くないと思えました。



■2005年11月某日 図書館で■

先日「それを憂いてなにもできない日々」とか書きましたが、
今日、図書館でそれに近い感覚を得ることがありました。

現代に生きる者の常識として読んでおくべき
古今東西の有名な本がずらりと並んでいる棚があって、
それを前にして「あわわわ」と、どれにも手を出せない状態。

いつの間にか散らかる部屋を
一気に片づけられないものかと、考えるだけで
明日でいいやと思う感覚にも近い。

たくさんある問題は、
ひとつひとつ解決していくしかないのよね。

1秒後さえあやふやで有限な人生って嫌ね。



■2005年11月某日 報償■

自分がMacを買ってコンピュータとまともに付き合いだしたころ
ソフトの解説書を買ってきては、
難しいところも全部読んで使いこなす努力をしました。

新しくソフトの使い方や活用方法を覚えることは
新しい表現方法を手に入ることができたみたいで、
ホントに嬉しかったなぁ。

それがあるとき、解説書の難しいところ(だったか普段使わないような機能だったか)
にぶち当たり、全部読むのをやめたことがあります(忘れもしない、QuarkXPressの本)。
そこで自分の探求心やらなにやらに疑念を持つようになりました。

以前から取り組みたかったPerlについて
外人が書いた小難しい本をもうすぐ読破します。
今日、ずいぶん前からつくりたかったCGIが思っていたより簡単にできました。

昔懐かしい、新しい表現方法を手に入れたような感覚が嬉しくて、
この本を読み切ろうという励みにもなりました。



■2005年11月某日 展覧会■

呉市立美術館で院展の山中雪人・水谷愛子夫妻の展覧会を観てきました。

すでにお二人とも他界され、回顧展ということもあって
ずいぶん昔の作品から近作まで一同に並べた展覧会でした。

今回それぞれの一生をかけた作品の変遷を拝見して
久しぶりに人が何かに真剣に打ち込んで作り出したものの
苦労や苦悩や自信や決意に胸が揺れました。

自分も何か職人的でマニアックなものに
思いっきり打ち込みたい、と思いました。



■2005年11月某日 進路■

授業で将来なりたい職業を調べたり、
そのために進むべき大学の学部学科を調べる課題を課し、
一人ひとりプレゼンしてもらう内容の授業をしています。

600人からの発表を聞いていると、
あれこれ自分がやってみたかったことがたくさん思い返されます。

国際関係の仕事もしたかった。
宇宙関係の仕事もしたかった。
実験や研究ばかりの仕事もしたかった。
作家にもなりたかったし、デザイナーにもなりたかった。

もちろん美術や情報に携わる教育関係の職にも就きたかった。

まだ根が生えているわけじゃないので自分次第でなんとでもなるとはいえ、
毎年その選択の幅は狭まっているように思える。
それを憂いてなにもできない毎日。



■2005年10月某日 男の価値■

「男の価値は経済力」

辛いんだよなぁ‥そう言われると。
最近あまりの辛さに、ホントにそう思えるようになってきた。



■2005年10月某日 お礼■

先日、ひとりの先生を介して面識のない生徒から頼まれものを受け
その先生を介して頼まれたものを渡してもらったところ、
わざわざその生徒がお礼を言いにやってきました。

そのことに「わざわざ」と、ついつけてしまうくらい
いまどきの多くの高校生、「あたりまえ」という以前にあることが身に付いていません。



■2005年10月某日 対義語■

「圧縮」の対義語は普通に考えれば「膨張」なのに、
ITの世界では「解凍」。

なにかギューギューに詰めて小さく固めたものを
ドロドロと溶かしてほぐすという
視覚や経験に訴えるモノの考え方が絡んでいて
なかなか面白い対義語だと思う。



■2005年10月某日 ジムカーナジャパン■

今年も参加させてもらいました、秋の祭典。

世の中進歩早すぎるよ。
ホントに現状維持じゃナンにもならないということを
実感してきた大会でした。



■2005年10月某日 客観性■

客観性のない、頭のよい他人は危ない。
客観性のない、頭のよい知人は迷惑。



■2005年9月某日 本■

知人に紹介されて灰谷健次郎の「兎の眼」を読みました。
本を読んで涙が出た(<しかも何度も)のはこの本が初めてでした。

これまでオススメの本は?と問われたら
アルジャーノンに花束を@ダニエルキース
家族八景@筒井康隆
を勧めてきましたが、
これまでとは違った意味でオススメの一冊になりました。



■2005年9月某日 デッサン力■

本当の意味でのデッサン力とは
「自分の心を描き出す力」だと思いますが、
写実的なデッサン力は自分に描画力をつけることというだけではなく
「他人を心地よく騙す術」を身に着けることでもあるのではないかと
思ってしまったときに考えたこと。

結局「他人を心地よく騙したい」という思いが心にあれば
それを実現するのがデッサン力であって、
自分の心を描き出す力であることに違いはないということだ。

デッサン力を身に着けるには、
まずは自分が何をしたいのかという思いが大切。



■2005年9月某日 こだわりという機能■

アップル製のソフトウェアの好きなところは
使っていて気持ちよく感じるインターフェースです。
iアプリ、スバラシイと思います(今Mac使ってませんが‥)。

Windows用の画像ビューワーは数有りますが、
どれも事務的な硬さを感じて使う方の気分も事務的な気分になってしまいます。

が。ついに出ました、気持ちのよいビューワー。
Googleの href="http://picasa.google.co.jp/">Picasaです。



ちょっと有機的な動きをするこのビューワー、

機能に加えて、創り手の心地よさへのこだわりを

感じるソフトウェアです。



こういうこだわりこそ、創り手と使う側が心でつながる機能を越えた機能だと感じます。



■2005年9月某日 衆議院選挙■

投票日翌日朝起きて、
結果を見てびっくり。

変えていこう、変わっていこうという人たちが
報われない世の中に魅力減。



■2005年8月某日 問題と回答■

1ヶ月ぶりに学校へ行くと大掃除中で
外で掃除をせずに座っている男子生徒が3人居ました。

その生徒に最適な声掛けは、

「掃除をしないでいることは憂いなくて良いので、
掃除する場所を見つけられない自分の将来を憂いなさい」

だな。
自分なりには。



■2005年8月某日 悪循環■

自分の取り柄はシンプルに
「没頭できる」ところにあると考えています。
研究的になにかをするのが向いているようです。

ところがここ数年、
将来的に骨を埋めるつもりで取り組める職に正式に就けていないので
仕事にも没頭できず、それが理由で遊びにも没頭できず、
「自信を持てるモノ」を得たり産み出したりする感覚が薄くなっています。

仕事したいです。本気で。



■2005年8月某日 不幸なこと ■

知り方を知らないことよりも知ることを知らないこと。



■2005年7月某日 教員採用1次試験を終えて ■

試験慣れしてしまって、教職専門試験では
解答欄に自分の言葉の記述ではなく
教育界用語の羅列をして終わりました。

先の「国語の教科書から学ぶこと I」でいうところの
「考えようとせず、思い出そうとする最悪のパターン」による解答です。

それでも出題意図を考えると
おそらくほぼ全問模範的な解答をしましたが、
出題に対して期待される回答例のある試験は
それに対する勉強も試験自体も
つまらないことこの上ないのは言うまでもありません。



■2005年7月某日 劇的な変化 ■

1ヶ月前にもらったカブトムシの幼虫が成虫になった。

自分はこの1ヶ月でどれだけ成長できただろう。



■2005年7月某日 国語の教科書から学ぶこと II ■

同じく高等学校国語の教科書から。

「聞く」という行為は受動的な行動のように思えますが、
聞く側に相手を受け入れよう、という心の準備がなければ
対象から様々なものを受け取ることができない=「聞く」とは能動的な行為である、
という話。

「聞く」行為は対象を確実に「聞く」ことと、
自分なりに「聞く」こととが重ねあわせになっていれば、
話し手の話の中から、話し手が考えていた以上のことを
引き出していくのだと思われる、といった感じで結ばれています。
(出典:江藤文夫「きくとよむ-ことばの勉強2」)

チャットなどで、言葉の往復量はそれほどではないのに
双方の気持ちや伝えたいことがたっぷりと伝わることがあります。
能動的に「聞く」という意味が実感できるヒトコマです。



■2005年7月某日 国語の教科書から学ぶこと I ■

高等学校の国語の教科書を手にして読んでみると
教育のあり方を扱った素敵な文章がありました。

内容は、教師が予期せぬ出来事を予め設定し、
対策を考えて間違えないように生徒を訓練することにより‥

・予期しない出来事に自分の力で対応する能力の低下
・考えようとせず、思い出そうとする最悪のパターン
・工夫しなくなる
・考えているふりをしながら考えられない

などの弊害が起こる、といったものです。
(出典:新井郁男「豊かな人間性と個性を生かす評価」)

「多くを学び、少なく教える」。
「教えることが教育」という考え方を改める。
放任と呼ばれないようなバランスで
生徒との接し方を考えるよい機会になりました。



■2005年7月某日 給与■

給料は我慢料だという人と
話があうわけないでしょう。



■2005年7月某日 こりゃスゴイ!のもの■

「99人の最終電車」という小説をご存じでしょうか。
'96年に執筆が始まり、
当時はその発想に「こりゃスゴイ!」と思ったものです。
以来、延々書き続けてやっと完結されたそうです。

これまで書き続けてきたことに対しても「こりゃスゴイ!」です。

http://www.shinchosha.co.jp/99/top.htm

自分が埋めなくてはならないデカイ穴を先に掘っておくのも
必要なことかもしれませんね。



■2005年7月某日 本当に必要なもの■

例えば。グループウェア導入に際して、
使い方の説明はあるが
それで何ができるか、どういう恩恵があるかまで説明がないので
使ってもらえない。

必要なのは使い方の説明ではなく、
どれだけ楽に仕事ができるかの説明であって、
使い方は必要とあれば各自が覚えていくであろう。

ただ、本当に必要なのは
使い方の説明を受けるだけでどれだけ楽に仕事ができるか、ということが
あれこれ思い浮かぶ発想力であろう。



■2005年7月某日 郵政民営化法案衆議院可決について思うこと■

建前で生きる人たちの世界では、本音で生きる人は生きづらい。
本音で生きる人たちの世界では、建前で生きる人は生きづらい。

同じ生きづらさでも辛さの度合いは

本音で生きる人の辛さ>建前で生きる人の辛さ

だと思う。



■2005年7月某日 逃げ慣れた人生■

1時間目がプレゼン作成
2時間目がプレゼン本番の授業。

1時間目にプレゼンを作成していた数名が
2時間目に授業をボイコット。

プレゼンって作るだけじゃ意味がないとか言う以前に
そんな生き方していてどうする、と悲しくなった。



■2005年6月某日 世界がひろがる■

5年後あたりにはこんなものにハマるのも
笑い話になるかもしれませんが、

http://maps.google.com/

あんまりに凄くて、気がついたら4時間くらいハマっていました。

2005年6月現在、米国全土とイギリス・カナダを網羅しているだけですが、
詳細データのない地域でも、
ロシア東部・スカンジナビア半島・アマゾン川・東南アジア各地などなど
これまで自分が知っていた「世界」に関する常識を
ひっくり返すには十分な情報量。

これまで世界各地に描いていた想いが
全く違う形になりました。



■2005年6月某日 自分のためのもの■

現在赴任している学校の、県下一とうたわれる文化祭。
自分たちのために自分たちでなにかしようという
勢いに充ち満ちていて、
小さな単位でも大きな単位でも
すばらしいイベントでした。感動しました。

「若さ溢れる」というありきたりの言葉がピッタリ。
大人にはない「良さ」に溢れていました。



■2005年6月某日 切り売り■

自分のできることを切り売りする日が続いている。

人とふれあう仕事はそれだけでずいぶん勉強になるけど、
本当は身を削ってでも、自分に足りないものを身につけていく仕事をしたい。



■2005年6月某日 思いやり■

自分のことを気遣ってなにかしてもらうことよりも、
「私はあなたのためになにができるだろう」と
考えてもらえるだけでも
嬉しいものですよ。



■2005年6月某日 見上げてみること■

最近山歩きをするとき
首が痛くなるくらい木々を見上げてみることにしています。

あるとき、日をいっぱいに受けようと拡がる枝葉の層を見て
透ける光の美しさや空間的な奥行きにジーンとくるものがあったからです。

日常生活においても、水平方向ばかり見渡すのではなくて
ちょっと上を向いて何かに気がつかなくちゃなと、
停滞気味な自分の成長をみて思うところ。



■2005年5月某日 決まり事■

ある決まり事を守らせるときに
もう何段か上の階層にある「決まり事」の共通点、

「あなたや私の幸せを守るため」

ということを理解させなくては、
その決まり事についていくら熱く語っても
本質的には意味のないことだと思います。

「懲戒がこわいからやらない」といった姿勢を
いくら身につけさせても、
人は幸せにはなれないということ。



■2005年5月某日 マイナー路線■

バイク選び、ジムカーナ競技、指導可能な美術・情報の教科。
何から何までマイナー路線。

人の知らない喜びを得ることに快感を覚えることと
好きで選んでいるわけでないマイナー路線特有の苦労。

両方を秤にかけて一喜一憂。



■2005年5月某日 不幸な人生■

不幸せなときは自分の幸せを仰ぎ見て
今の不幸さを嘆く毎日。

幸せな時はいつまでもそれが続くものではないと
先の不幸を憂える毎日。



■2005年5月某日 影響力■

情報の扱いに関する教育を受けていない大人の人たちが
情報社会でやりたい放題。

情報教育でいくら常識を説いても
世の中の不道徳に子ども達が感化される速度に
追いつかないのではないかと不安になるこのごろ。



■2005年4月某日 人生を応援■

廊下ですれ違った生徒と二言三言話をしたあと
別れ際に生徒が「先生っ、応援してますっ」というので
なにを?とたずねたら

「人生を」

と。それって自分の言い回しに近いのですが。

5月を前にして授業の内容ではなく、そういった姿勢が
反応としてあることを素直に喜びたいです。



■2005年4月某日 視点の変化■

職場がかわって、以前の職場の人たちと話をすると
一部の人とは「同僚」というめがねを外してお互いを見つめなおすことができます。

あらためて良い出会い・新鮮な発見があったりして
人付き合いに深みが増しました。



■2005年4月某日 見えない力の差■

春から県内屈指の進学校で教えることになりました。

第一印象。時間的に間に合わないような課題を与えたときに
それをなんとかやりきろうと努力する姿勢に驚きました。
物事をキチンとこなす、ということが身に付いている感じ。
退出時に椅子もキチンと机に収まっています。

学があるからそれができるのではなく
それができるから学力がつくのかなと、
かなり感心しました。



■2005年3月某日 決断■

今日の昼飯はパンかご飯か、という選択と
広島に残るか千葉へ帰るか、という選択。

簡単にいうと「複数の選択肢から一つだけ選ぶ」ということに違いはないのに
何でこうも胸につかえるものの大きさが違うんだろう。



■2005年3月某日 感動■

昔の教え子がグループ展のDMを送ってくれたので見に行きました。
自分らしく物事をとらえようという苦悩と意欲に溢れていました。
ハッキリいいますけど、感動しました。
思わず口をついて出てきた言葉は
「生まれてきて良かったね」だもの。

人の心を打つのはクオリティよりも
そこにあるものが真実かどうかの方が大きいはず。



■2005年3月某日 先の話■

あるメルマガの管理人さんの弁。

「学びたいことがたくさんあって、人生楽しいですねぇ」

自分の場合「うわー、たくさんあるーっ、どうしよー」という思いばかりで
学びたいものがたくさんある喜びをすっかり忘れていました。

すっかりその場の慌ただしさに目が眩み、
先に転がっている楽しみにワクワクすることを忘れた
寂しい人生になるところでした。

こうして、こういう喜びについて学べるので
人生って楽しいですね。



■2005年3月某日 接点■

相手の幸せと自分の幸せの方向がずれているときってどうすればいいんでしょうね。
片方が努力をして相容れようとしても片方が歩み寄る努力を諦めてしまったら
もう接点ってもてないんでしょうかね。

スキっとしない日記を残すのも嫌な気分ですが、
スキっとしていない気分を書き留めるのも日記の務めかと。



■2005年2月某日 優先順位■

「物事に優先順位をつけられない奴はダメだ」と
いとこの会社の部長さんが言うそうです。
例えばクレーム対応に対しても、いくら会社に非がなくても
その対応に何時間も割かれることとその時間があればできる業務を
比較して優先順位を考えろ、という感じ。

身のまわりの仕事に優先順位をつけてみると
ムリに自己主張してみて時間をつぶすという
ムダがなくなっていい感じ。
かなり以前の日記に書いた
「負けて勝て」というのと
おんなじですね。



■2005年2月某日 車はガソリンで動いている■

「車はガソリンで動いている」

確かにウソではないけど、ホントではありませんね。
実際は潤滑油や冷却装置、電気系統に足回りその他いろいろが
揃ってはじめて動く事ができるのです。

情報教育がややこしいことまで教えなくてはいけないのは分かりますが、
「車はガソリンで動いている」的な教え方・覚え方してて
大丈夫か?って小耳に挟んだ会話を聞いて思ったところ。



■2005年2月某日 なりたいもの、してること■

やりたいことがたくさんありすぎて
「自分が5人くらいいればいいのに」と
ぼやいてみたときに、ふと気付きました。

今の仕事はやりたいことの一つには違いないのですが、
その中でもいちばん無難な仕事を選んでないか?って。

そんな事じゃ自分が5人居たとしても
今の仕事の奪い合いじゃないか?と
生ぬるくなった自分を反省。



■2005年2月某日 年齢相応の物欲■

身近な同年代の人たちが次々と人生最大の買い物をしていきます。
うちはずっと賃貸生活だろうなーと思ってはいたものの
寒い中路上でバイク整備をしていると
ガレージライフに憧れてしまいます。

というわけで家が欲しくなってきたのですが‥
もしかしたら本当はガレージが欲しいだけなのかな。



■2005年2月某日 高信頼関係■

良い記事に出会いました。

原子力空母とインターネット業界の意外な関連性とは?

問題が起こったときは「問題解決すること」が最優先に考えられるべきことであって、
問題を起こした人を責めたててもそれは前進とは言えません。

成功よりも失敗を資産として活用する組織。
いいなぁ、こういった組織で働きたいなぁ。