センス

僕の中で定義する「センスのある人」って、「物事を決めるのに意志とプライドのある人」のことを指します。まず意思を持つということが難しい。その意思を保ち続けるというプライドをもつことがさらに難しい。それが自然体でできる人こそセンスのある人なのではないでしょうか。
ここでいう意思を持つというのは、単発で良いものを選んだり良い仕事ができたりするだけでなく、その前後や全体をきちんとコーディネートしながら、全体の中での部分ということを把握して今現在の選択をすることにあると思います。それを維持し続けることに誇りをもって(<ということは他動的ではなく自律的にそれを維持するということ=それが当たり前だと思えること)居る人が、端から見ると「センスのある人」と呼ばれるのではないでしょうか。ブランド品だからと言う理由でブランド品を買い続ける人は、プライドがあるだけで、そこに意思は感じません<センスも感じません。

家を買いました。インテリアは真っ白です。これに調度品を買い足していくわけですが、刹那的な選択でモノを買うのではなく、センスのいい選択をしていくには全体の中の部分という意識が強く求められます。プライドを保つということは大変苦しいですが、苦しいと思っているうちはまだまだセンスが足りないってことですね。
ジムカーナにしても、バイクの状態や挙動、コースの中のセクション、メンタル面などを「最短時間で走る」という競技全体の中でどう捉えているか、というところにセンスがあらわれるのではないでしょうか。心技体のひとつでも欠けてしまうと、ただのプライド勝負になってしまうのではないですか?
という酔っ払いの戯言。

2 Comments

カントク

全体の展開を考えるのは頭脳の予測ゲームですね
よく裏切られていますww
場所によつてはセオリーにないことが有効だつたりも

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つがたく

>カントクさん
僕はセオリーに従いすぎちゃって走りの方も伸び悩んでいるんでしょう。
もっとアバンギャルドに生きたいものですね。

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