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センチメンタルジャーニー#3

休みを長めにとったのは、昔懐かしい場所で日がな一日何もせずに過ごしながら過去を振り返る、という心づもりだったのですが、僕にはそういう時間の使い方は無理でした。トナミゴン君が「親父が亡くなったとき、何も考えずにできる何かに集中したくてキャッシュハントに没頭した」と言っていましたが、僕もなんだか故人を偲んでただ東京に居る時間を過ごすだけじゃなくて何かに没頭したい気分。そこで日の出前に後楽園へ移動して、また自転車を借りて昨日フライング祝賀会をしてもらったキャッシュ1000Fを目指してキャッシュハント東京観光へ。

昨日の六本木ヒルズのように、普通の風景の向こうに妙に巨大な象徴的な建造物が見えるのが東京らしい。ここは道の向こうに東京ドームが見えます。

この日最初のキャッシュにはウォーホール風に配置されたバラク・オバマさんの顔が並ぶステッカーが。写真を撮ろうとしたら一斉にカメラが顔認識のマーカーを並べるので、笑った。

「池袋界隈のキャッシュが割と素直」という情報をもらったので、大塚方面へキャッシュをつないで主に宅地の中を抜けて行きました。春日・小日向・大塚と、この辺りはほんと坂ばっかり。僕には全く馴染みのない地域で、ものすごく観光している気分になれます。大塚公園はラジオ体操発祥の地だそうです。

昨日マスクもせずに1日過ごして、明け方花粉症の症状に苦しんだので、完全防備で。

都電も1回しか乗ったことない。この辺は東京に住んでいた僕の生活圏ではなかったので、とても新鮮です。

大塚駅あたり。山手線の線路の先にスカイツリー。

上の地図のような車だとちょっと面倒臭さそうな移動も、自転車だと宅地の中をスルスル抜けて1分くらい。坂だらけといっても、都心部は坂道が延々と続くわけではないので、電動アシストのおかげで上り坂でも全然苦になりません。

そして、ついに1000F達成!

‥と喜びたいところですが、この1000Fの中にはいくつか重複しているものがあるのがわかっているので、完全な1000F達成を目指してもうちょっと見つけて回らなくてはなりません。

神楽坂まで戻って来て自転車を返却。このとき借りた自転車はいろんな個体差のあるレンタサイクルの中でも出来の良いマシンでした。

飯田橋から大手町まで地下鉄移動して、もう少し時間があったのでまた自転車を借りて駄目押しのキャッシュハントへ。
大手町界隈のビルのシャープさや密度とういか容積というか空間を占拠しているボリュームって、非常に無機的でドライでちょっと異様さを伴った勢いを感じます。

日本橋。翌日の東京マラソンの準備でカメラやらいろいろ来ていました。

日本橋の道の中心にある、「日本国道路元標」。中央通りが週末歩行者天国だったころ、彼女とよくこの道標の上に立ったなぁ。

3日間のジオキャッシングの成果は、80を超える発見とDNFはなんと1個。恐ろしい成果で発見総数も(重複分の修正前ですが)1022Fとすることもできました。

東京駅の八重洲口といえば大丸‥というのも今は昔、あの何かを拒む壁のような平たい駅ビルが無くなって、グランルーフという垢抜けた駅舎になってしまいました。全然東京って感じがしない。ここからバスで成田まで60分、1000円。

LCCは成田空港の第3ターミナル発着です。僕は成田空港を使うのが初めてなので他のターミナルの状況がわからないのですが、第3ターミナルはものすごく安っぽくて雑然としていて投げやりな感じが漂っています。場内アナウンスもなんというかとても素人っぽい。乗車口に現れないお客さんを呼ぶ悲鳴のような声がひっきりなしに飛び交って、お客じゃない側の品が足りない感じ。

帰りは機体右後ろの窓側の席をとりました。さようなら、成田空港。飛行機があまりにもたくさん駐機していて驚いたよ。

本当だったらあと30分は早く飛ぶはずで、ちょうど富士山付近で夕焼け‥という目論見だったのですが、いろいろ遅れて飛んだので、空に上る頃はすっかり日も暮れて残照だけが富士山のシルエットを映し出すという感じでちょっと残念。

初めてなことも初めてじゃないこともいろいろありましたが、限られた時間をいっぱいいっぱい使って思い出の上塗りをして来ました。若くして亡くなった彼女の分まで生きるわけじゃない、過去に引きずられない新しい生活の始まり。そう思うことにします。

センチメンタルジャーニー#2

実家。庭にハーレーが置いてある。僕のNUDAなんか置いたら多分相当な違和感を感じるけれど、このハーレーはなんか、庭とマッチしている。

思い出の地を自転車で巡る1日。サイクルポートと未訪問のキャッシュの関係で、千駄木とかこれまで一回も降りたことのない駅で降りて自転車を借ります。役場などの公共交通機関の空きスペースなどがサイクルポートとして利用されています。

ここではじめて気がついたのですが、よく見ると自転車は一律同じというわけでななくて個性があるんですね。バックミラーがついていたり。

カゴやハンドル形状が違ったり。

シートも様々。自転車そのものも見た目はよく似ていますが細かく仕様が違うものが混ざっています。サービスが最初にはじまった千代田区と江東区登録のモデルは古く、港区や中央区登録のモデルは比較的新しいように見受けられました。

駐輪中でもバッテリー残量の確認ができるので、レンタル前にチェックを忘れずに。

谷中とか自転車がなかったら、そしてジオキャッシュがなかったら奥深くまで入ることなんて普通はないですよね。上野へ向かうまでの道中、谷中の古い町並みを巡ります。

ほんと、お寺だらけ。

根津周辺。この辺は日本画材を扱う得應軒さんに筆を買いに来たりして割と歩いていたあたりなのですが、ちょっと外れたところに千代の富士像とか。全然知りませんでした。

動物園と道を挟んだところにある上野動物園園外倉庫。

東京芸大は入試の看板が掛かっていました。

美大受験、特に芸大を本気で受験した人は、おそらく人生の中でも相当密度の高い変な汗の出る期間を受験に向けて過ごしたのではないかと思います。他律的な縛りではあるのですが、大人になって何かに真剣に取り組むのとはひと味違う、一生の宝になる経験です。

今は美術館があるので、割と気軽に門をくぐれますが、昔の風格のある正門だったころは、それはもう緊張したものです。ちなみに、芸大といったら美校のことしか浮かばなくて、道を挟んだ音校の方はあんまりピンとこない‥。

国立博物館の裏手には、由緒のありそうな建物がたくさん立っています。なかなか歩いて回ることはない側でしたから、今回キャッシュをおいかけて一巡りできてよかった。

東京都美術館といえば、このステンレスボール。いろんな機会にいろんな人と写真を撮りました。

上野に住む彼女との待ち合わせの場所はいつも公園内の花園稲荷神社でした。

だんだん天気が良くなってきて、西郷さんの前では嘘のように晴れました。はじめて彼女と会ったのが30年前のこの場所。こういう変わらない場所が思い出の場所というのは良いんだけれど、この周りは随分オブジェが増えたりして変わってきています。

湯島の飲み屋街のなかに日本画材専門店の喜屋さんがあります。

ムサビの中で売られている日本画の顔料は喜屋さんのものでした。こちらも学生時代よく買い物に来ました。

中央通りを秋葉原へ。電気街とは言えない混沌とした街になっても、総武線のガードがある限り秋葉原らしい風景は変わらない。

秋葉原で一旦自転車を返却して、地下鉄で六本木まで。開館して10年の国立新美術館、行こう行こうと思いながら訪れるとクラクラしてしまう行列だったりでなかなか入館する気になれませんでした。今回は平日なので入館制限もなく、やっと落ち着いて訪れることができました。

「これだけで、草間彌生と分かるというのもすごい」と美術館から出て来たご夫婦が話していました。

でも、なんというか草間彌生の生涯の作品を見ると、もっとドロドロしていたりガサガサしていたりするものがたくさんあるなかで、割とポップで受け入れやすいものだけを彼女の「らしさ」として受け入れているだけのように思う。一般の人に広く周知されて成功した作家さんだと思いますが、生き様じゃなくて表面的なものしか見られていないという感じ。こういう大規模な展覧会を通じて、草間彌生の一面だけじゃなく多様性の強烈さにふれる機会が設けられるというのは大変素晴らしいことです。

展示方法そのものが草間彌生の作品群を利用したひとつの作品化していて、要するに学芸員によるインスタレーション化してました。このエリアは「携帯位電話のカメラで写真撮影可」。いわゆる普通のカメラは使用禁止。オープンで良いですね。

関連商品売り場は水玉グッズを求める人で通り抜けるのも大変な大混雑ぶり。草間彌生さんの楽しみ方、僕はそっちじゃないと思うんだけどなぁ。まぁどうでもいいけど、少なくとも僕はそっちじゃない。

五美大展、ここで開催されているのを知りませんでした。母校の作品を中心に見てまわりました。ここで呟いてもしょうがないのだけど、学生さんたちに言いたいのは、もっと世の中の作品をジャンルを問わずたくさん見なさい、だな。視野の狭さは作品に現れる。

館内、とてもおしゃれです。

晴れていると光の射す方向を意識して作られているのがよく分かる、シンプルに無機的さと有機的さが融合した美しい館内。初めてということもあって、建物そのものを十分楽しみました。

なんでもない宅地をカップルが歩いていますが、その奥にどどーんと六本木ヒルズ。東京だなぁ、と思います。今回いわゆる市井の人の住む宅地内をこれまでになく長い時間をかけてたくさん走りましたが、東京は傾斜地ばかりで平地に住んでいる人は本当に限られています。ましてや庭付きの家に住むなんて本当に限られた人だなぁ、と。住めればいいや、というような思考は長い年月をかけると効率的だけど味気ない無機質なものの考え方につながりかねないので、田舎暮らしというのは悪くないと思います。田舎は田舎で競争心が培われず、実力を絞り出すような生き方が難しいのかもしれませんけれど。

六本木で新しく自転車を借り直してリスタート。

東京タワービューポイントという名前のキャッシュから。東京って新しい見所が次々とたくさんできていますから、もうこの風景はレガシーな東京の風景といえるのでしょう。

でも、素敵な場所に導いてくれてありがとうございます。

おお、目の前をちょうど裁判沙汰になっているマリカーが駆け抜けていった!これ、東京タワーの前ですが、翌日昭和通りでも集団を見ました。

日テレの宮崎駿の大時計。こういうのも知らんかったなぁ。

レンタサイクルの問題点の一つに、どうしても返却は駅近くのポートに集中しがちになるので、夕方はポートの自転車スロットに車体を戻せないポート難民があふれかえることになります。ここ、東京駅最寄りのポート。

さて、この日は上野に投宿して、夜は仕事帰りのトナミゴン君と待ち合わせて飲みました。御徒町の待ち合わせの場所を地名じゃなくて座標で示す仲です。「東京のサラリーマンが週末の仕事帰りに一杯引っ掛ける店」度満点のお店を選んでくれました。僕は東京の会社に電車で通勤するという経験がないからね、ありがたい。

サプライズとして、1000個キャッシュを発見した記念トラッカブルアイテムを用意してくれていました。あ、まだ1000Fに達してないんだよ。あともうちょっと。

店を出て、僕が見つけられずにいる近隣のキャッシュにアテンドしてくれました。「ここ、ここ!」超嬉しそうw

上野オークラ劇場。その昔、廉価に朝まで眠れる場所を確保する方法が限られていたころ、始発電車が動くまでの時間を屋根下で過ごすために何度か利用したことがあります。ここがハッテン場だということを全く知らずに‥。広い劇場の真ん中で寝ていて、ふと目が覚めたらガラガラで他に席はたくさん空いているのになぜか隣におじさんが座ってこちらを見ていた、という感じ。

オークラ劇場の顔出し看板、超嬉しそう。この高さの顔出し穴って、どう扱えばいいの?

不忍池の弁天堂からの上野駅のオーバーパス。できてからしばらく経つんでしょうけれど、初めて渡りますよ。僕の知らない上野の風景。

ああっ!トナミゴン君が初めてキャッシュを見つけたという上野のジャイアントパンダ、駅の外にあるのね!昔は改札の中にあったと思うのですが、知りませんでした。

学生のころは上野のバイク街が大繁盛だった時代ですが、今はもうそんな感じも響いてきませんね。上野駅周辺のいくつかキャッシュを巡りながら、こんなわずかな時間ですが新しい発見がたくさん。いつも使っていた常磐線の線路の真下は空洞になっていて別の路線のホームなんですね。上野駅の利用歴なんて相当長いはずなのに知らなかった‥。

公園口、何回出入りしただろう。それにしても、トナミゴン君、健康だなぁ。仕事して、飲んで、あれだけ歩き回る気力があるのは立派。ジオキャッシングを休まず続けていると、こうい体力は落ちずに済みますね。

センチメンタルジャーニー#1

センチメンタルジャーニー。1週間前に偶然、本当に偶然学生時代に付き合っていた彼女が亡くなっていたことを知りました。お互い多感な時期に多大な影響を与えあいながら、地味だけどとても楽しく幸せにお互いの存在と能力を認め合うことができました。本当に出会えてよかったと思える人でした。

たまたまその翌週まで回顧展ともいえる個展を銀座の画廊で開催しているという情報を元に、仕事のお休みをいただいて急遽東京へ。今回初めてLCCの春秋航空を利用して東京入りです。抜群に安い。広島から東京までの新幹線の片道分の料金で往復ができます。その分、機内サービスが全くないとか、猛烈に席は前後長が狭い(<空港からのリムジンバス並)とか、いろいろありますが、1時間少々の空の旅ですから文句を言うほどのことでもありません。席の指定は400円の有料です。知人は、3列シートの真ん中はただ狭いだけということもあるので、指定料金を払って開放的な通路側を指定するそうです。窓際にこだわるのでなければ、確かに通路側を選ぶというのが一番快適かもしれません。

成田空港からバスで直接数寄屋橋へ。これも便利ですね、1時間少々で1000円ですよ。平日日中なので途中渋滞でもあるのかと思ったら、全くストレスなしでした。10年も広島に住んでいると、もうすっかり東京が「珍しい場所」になってしまって、数寄屋橋で記念撮影。

徒歩数分で、画廊へ。

作品にどう向き合って良いのか分からなくなるんじゃないかと思いましたが、亡くなったということを知って、インターネット上にある彼女の作品を見たときよりも、現物の作品を前にした方が落ち着いて受け入れることができました。

大学の同級生の話では、意外なことに亡くなった彼女は「頼れる存在だった」とか。多浪して芸大に入っているので年齢的なこともあったのかもしれませんが「とても知識が豊富だった」とのことで、影でいろいろこだわって研究をしていたんだろうなと思います。

死んでも絵が残る、というのはペンタブでデータとして描いた絵とはちょっと違ったものを感じます。岩絵具の絵肌へのこだわり、画面サイズへのこだわり、彼女においては額装も特注で行なっていたということですから見せ方へのこだわり、そいうったものが生きている時の息づかいとして没後少しだけ存在を近いものとして感じられる。自分が絵を、日本画を描く人間じゃなかったらこの距離感ももう少し遠く感じるのかもしれないのですが、絵を描くまでの所作や使った絵の具の粒子の番手など、印刷やコンピュータの画面からは感じられないものが現物の絵をみると感じられる。
例えば「出版物として活字で印刷された文章」と「手書きの原稿」の違いというべきでしょうか、同じ内容の文章でも生原稿は文字を書くスピードから伺える筆致から作者の苦悩やらためらいやら勢いやら、「行間に書かれたもの」を超えるものまで感じられるのではないかと思うのですが、生の絵を見るというのはまさにそんな感じ。

この画廊は小品の展示で、院展入選作などの大きな作品を別に展示しているということで別会場へ。

屏風がありました。

イラスト、ともいわれそうですが、描くの大変そうな意欲作。こういうの10枚も描いたら相当力がつきそうですが、力も尽きそうでもあります‥。

なんというか、素描などを見るとテクニックやものを見る目は万人が認めるざるを得ない確かな実力があるのはわかるのに、描く作品はマイワールド。その辺の大きなギャップに彼女の負けん気と頑固さと遊び心を感じるのは僕の知っている彼女らしいところ。でも、芸大の同級生から「学年一だと思います」と言われるくらいの技術は、僕の全く知らないところで何十年もかけて培われてきたんだなぁ、と感じました。というか、知らない時期の方が圧倒的に多いんですけれど。

年をとって、愛だの恋だの言わなくて済むような年齢になったらまたお会いして話をしたいと思っていた人でした。この日の前日が命日で。この世に彼女がいなくなって2年過ぎて新しい1年がまた始まったわけですが、ちょっと吹っ切れました。来て見て良かった。

少し長めにお休みをもらったのは、作品を見るだけじゃなくて彼女と歩いた道をもうゆっくり一度歩きなおしてみようと思ったからです。昔は日曜日、上野から銀座まで続く中央通りが全て歩行者天国になっていました(現在は秋葉原と銀座だけ?)。付き合いだしてすぐの頃、この歩行者天国を歩き切るというデートをよくしていましたが、その終点の銀座にあるソニービル。いつも面白い展示をしていたので、何度も訪れていました。

取り壊しになるというニュースは耳にしていましたが、いよいよ2017年の4月からそれが始まるということで、今は館内にソニー製品があふれかえるわけではなく、「It’s a Sony展」という展覧会を全館内で開催中でした。

外側の壁にはウォールアートが施されて、プロジェクションマッピングやら参加型のイベントやらを楽しみながら上のフロアまで上っていける工夫がなされています。

中二階のような状態をぐるぐる回りながら階上へ上っていけるソニービルの構造を活かして、上のフロアから玉がコロコロ転がってきてWhat A Wonderful World を奏でていました。

最初、これかと思いましたが曲も違うしなぁ、と。この動画の森のシロフォンはシャープの製品のCMだし。

ソニービルは取り壊したあと、ビルを再建するのではなく2018年にソニーパークとして生まれ変わるということで、数寄屋橋の風景もまた大きく様変わりするんですね。いつのまにか知らない街になってしまっている場所が多いなか、割と思い出の詰まった建物を最後に確かめておけるというちょうど良い機会に訪れることができました。

ちよくる出動。上野方面へ向かうのにレンタサイクルを使います。3段変速の電動アシストサイクル。

携帯でレンタルする自転車を選んで、メールで届いた解除番号を入力するとレンタルスタート。各所にあるポートで施錠してエンターボタンで返却。手続きが完全オンラインで、引き落としも裏でクレジットカードからという大変便利なシステムです。

以前利用したときには千代田区内だけだった試行が拡大して、2017年1月から東京都内6区(千代田区、中央区、港区、新宿区、文京区、江東区)のすべてのポートで貸し出し・返却が可能な広域実験期間になっています。30分150円で、それ以降30分毎に100円。この値段で好きなところへ足を運べるのですから、便利極まりないです。特に今回の僕のような思い出の場所巡りなどにはまさに渡りに船。

おまけに、2泊3日の宿泊道具を詰めたカバンが、カゴにピッタリ収まります。

懐かしく皇居周辺を巡ってみたり。城マニアな息子と話をしていると見所が変わって来て、気になるのは江戸城の石垣。

ただの移動ではなく、ジオキャッシングをしながらの移動。以前皇居周辺はおおかた巡っているのですが、今回はその取りこぼし分を。

大きい部分は江戸城外堀の石垣だそうです。ここは完全に八重洲側の新しいビルの谷間で、キャッシュがなければ知ることもなかったところ。そんなものを巡っていたら全然距離が稼げず、上野までいこうとしたのに神田までしか進めませんでした。この日は実家泊です。

バイクと哲学的発想

最近読んだキルケゴール(哲学者:1813~1855)の、人の生き方に関する段階的発想をまとめると以下のようになります。

■キルケゴールの生き方の段階
第1段階「美的実存」
生きる基準を美しさや心地よさやにおいた行動をとるが、それは刹那的な行為につながり、また自分の外に世界に頼って生きることになるので、やがて自己嫌悪や挫折につながる。→【絶望】

第2段階「倫理的実存」
基準を外に置かず、自分自身の倫理観に従って生き方を選択し、自分にとってよりよい存在へ向かっていく。しかし人間が完全に倫理的に生きるのは不可能であり、無力感へつながる。→【絶望】

第3段階「宗教的実存」
倫理的合理性を捨てて、不条理を受け入れる=「無限の諦め(人が囲まれている有限なものを「無限の諦め」で包こむ)」→信仰に近づく・神に自分を預け切る→【絶望を乗り越えることができる】

(参考:「西洋哲学と東洋哲学 図で考えると面白い人生のヒント」白取春彦監修 青春出版社)

なんか、どこかで経験した発達段階だなぁ、と振り返るまでもなく、オートバイの改造について全く同じ哲学が当てはまるのが面白い。

■バイク人生の段階
第1段階
初めのうちはブランド品などのパーツに憧れて、自分の価値判断に従っているのかも分からずパーツ交換や改造を始める。しかし、その憧れは自分の価値基準ではなく実は他人が良いと思っているものを並べ立てたに過ぎないことに気づいたところで、出来上がったマシンに自分自身の思う理想形を見出せなくなり‥→【絶望(とまでは言わないけど、その意味や価値が失われる)】

第2段階
自分にとって必要なパーツやスペックが分かってくると、自分の価値判断でパーツを選べるようになってくる。そうはいっても見栄や無駄につながるパーツも取り付けたりして完全に理想形を見出すことができない‥→【絶望(とまでは言わないけれど、結局沼から抜け出せない)】

第3段階
そこで、理想形・完成形というのはあり得ない・作りえないということを「無限の諦め」で受け入れると同時に、ならばそのバランスや完全形をメーカー出荷状態に依存して、改造や改良で自分の改造欲や物欲から解放されることで→【絶望から解放されたバイク人生を迎える(ただしもともと高額なパーツが組み込まれたバイクになる可能性が大)】

若いうちはより良い(というのは欲を満たす)もの・強いものを求めてしまいがちですが、ある程度年をとってくると自分の能力が市販のマシンを改造してまで得られるような性能を制御しきれなくなってきて、盆栽マシンをつくる目的じゃなければ物としてそれを手に入れることが本当の喜びではないということが分かってくるようになります。
僕自身のこれまでの発達段階としては間違いなく第2段階にとどまっていました。しかし今回諸々改造をすることを前提でGROMを新しく購入したにも関わらず「あれ?ノーマルでも結構イケるんじゃない?」と思ったのが自分でも驚きであると同時に、これは沼から抜け出せるかもしれない‥という思いも浮かんだところにこのキルケゴールの哲学がぴったりとはまりこみました。
もちろん一人の哲学者の考え方が真理というわけではありませんし、僕のには1台目のGROMというパーツを注ぎ込む対象が別にあるから、という「逃げ道」もある前提での考えです。

仏教では煩悩や欲望を打ち払うために、たとえば物欲が沸いたときには「これは私の心が作りだしたもので、欲望の対象(この場合は購入対象のパーツ)というものは存在しないのだ」と思って客観的に自分の欲を俯瞰することで、やがて欲が心から離れてそれに振り回されずにすむ、とするそうです。「物を買う」ということは実は「物を買うことで心を満たす」ことに過ぎないわけで、満たされたい心を捨てさえすれば、物への執着も無くなる、というわけですね。まさに色即是空・空即是色。

たかが趣味、ですが大切なものですし、そこから学べることもたくさんあります。自分の人生の一部分ですものね。

2013愛媛ダンロップ杯第1戦

勝ち負け抜きで、絶好調なんだから楽しく走りきろうと臨んだ第1ヒート。午前を終了して上位3名が1分38秒台に並ぶという地方大会では結構珍しい展開のなか、トップ折り返しでした。午前の走りの感触からしたら、勝てる。と臨んだ第2ヒート。

攻め込んだつもりでしたが、終わってみて勘違いしていることに気がつきました。攻め込んだんじゃなくて、無難にまとめただけでした。その場その場で出来ることをやろうとするだけじゃダメで、1ヒートに対して何秒詰めるという目標タイムを設定しなかったのもダメ。結果、1ヒートよりタイムを落としてのゴール。

走り終わったあと、「安心感」>「ギリギリ感」な走りじゃ、折角の大会なのに参加する意味がない。車体がドタバタ暴れまくるようなタイヤのキワキワでコーナリングするような走りじゃないと、舞台に立ったとも言えないし、勝たせてももらえないってことを痛く感じた大会でした。普段の練習を、量は減ってもいいから質をキリキリに上げていかないと克服できないな、と。

優勝したうらいけ選手の走り。隠し持ってるものを全部吐き出したような鬼っ走り。折角ジムカーナしているんだから、こういう映像残したいよなぁ。日常の生活から紳士ぶるんじゃなくて、もっともっと弾けていかないとだめだなぁ、と。

そうはいいながら、昨年から挑戦している「コーナリングスピードをあげる」「初期進入のフロントの巻き込みを増やす」「車体を起こさない」走り方が、少しずつ板についてきて、リスクを上げることなく一定以上のタイムがメンタルの状態に左右されずに安定して出せるようにはなりました。これからはもっと直線的なラインを減らして、もっと速く切り返して‥と考えていますが、頭の中にこびりついているこれまで培ってきた自分のリズムを崩していくのは結構難しいし、前日練習やウォームアップでは出来ていても、頭に血が上った本番では「勝ちたい」気持ちが先行して新しい技をなかなか実戦投入することができません。昔、ぶん田選手が「大会に1回出るのは、練習会に10回出るより実りが大きい」と言われていたそうですが、まさにそう思います。コーススラロームなんてウォーミングアップで十分楽しめるじゃない?本番で絞り出す経験を繰り返さなくちゃ、いつまでも残尿感のある人生になってしまう。金銭的にも時間的にも恵まれた時期を迎えたというのに、身体能力は衰えていくというこのタイミングで、絞り出しきれていないものを自分に圧力かけて出していくことがあと何年できるか。1戦1戦を手抜きせずに走ろうと、うらいけ選手の走りを見て思った次第です。

長女誕生

長男のときは、初め通常分娩でチャレンジしていたのに産道を頭が通らないということから急遽帝王切開になったので、出産が終わるまで終始ドタバタしていましたが、今回は最初から帝王切開ということでとても落ち着いてコトが運んだように思います。
ただビックリしたのは、ナルキのときは頭が下にあったので開腹したところにある頭に吸盤を貼付けて引っぱりだしていましたが、今回はお尻からグルリと回って出て来たので、心の準備が間に合いませんでした。いきなり出て来た!って感じで。

とても元気のいい子です。そのまま元気で逞しい女子になってくれると嬉しいです。

こちらは長男の出産動画。ホント、ずいぶん違います。

LOH症候群

「若いころの元気がなくなった‥そんな心当たりありませんか?」

あるある。この数年感じていたことだし、この一年は特に感じています。ただの病気じゃないと自分では分かっていました。加齢のせいで、これまでに経験したことがない生理的な現象や問題なのだと思い込むようにしていました。でも、自分よりも年の多い人で生き生きと元気に生きている方を見るたびに、実は別問題だということもうすうす気づいていました。
病気って、名前が分かった時点で安心できたりしますが、今回ダイエット(やせるためじゃなくて体力づくりの一環での体重減)をはじめたことから、たまたま「ためしてガッテン」 の番組で紹介されていた「LOH症候群」に出会いました。自己チェックをしてみるとなんと結構な予備軍。ホルモンバランスが崩れることで、「認知力やストレス耐性が低下して、抑うつ症状を引き起こす」のだそうで、これって男性版更年期障害なのでしょうか。予防方法としては1)運動 2)脳を使う 3)たまねぎでホルモン合成を促すだそうです。ここ最近は(たいしたことじゃないようにも思われるかもしれませんが)毎日ブログを書いてジョギングをするだけで、ずいぶん身の回りの物事に対する積極性ややる気が戻ってきました。
分かりませんよ、単なる加齢のせいだったり、別の病気のせいでどうにもできないことなのかもしれません。でもここ最近妙な絶望感に苛まれることなく元気でいるのは確かなことです。ホント「病は気から」ですから、運動を続けるための動機付けという意味でも、頭の片隅にはLOH症候群の名前と症状は意識しておこうと思います。

先週から始めた「計るだけダイエット」は無理することなく精神的にも肉体的にも健全な生活をしながら丁度1週間で2kg落ちました。どんだけ余計な肉がついてたんだ?って勢いで簡単に落ちていますが、頼みの綱の「ガッテンダイエットクラブ」が今朝からつながらなくなり、夕方「現在つながりにくい状況に‥」という断り書きだったのが、今現在は「利用できない状態に‥」に変わっていました。んー、記録は手帳にするか‥。

鍵山秀三郎さんの哲学

株式会社イエローハットの創業者鍵山秀三郎さんの掃除哲学、特にトイレ掃除から学ぶという姿は、ずいぶん前に何かで読んで感銘を受けました。自分も中学時代に学校の便器を素手で掃除をしていく中から、トイレ掃除を徹底することから様々なことが学べるということを理屈抜きで体で感じていたことも少なからずその感銘に影響していると思います。
このたび、岩国で講演会があるということで初めて直接鍵山秀三郎さんのお話に触れることができました。1時間半ほどの講演でしたが恐ろしく中身の濃い内容だったので、自分のためにまとめて掲載しておきます。

主催:立志の道 石碑建立準備委員会
会場:岩国市民会館

鍵山秀三郎 「ひとつ拾えばひとつだけきれいになる」

■政治と判断について
本来政治家とは市民の要求に応えるためにいるのではない。
市民を正しい判断に導く政治家こそ正しいのではないか。

物事の判断は「善」か「悪」で行われるべきである。これは公的な判断といえる。
しかし、残念なことに今日の日本人は「好き」か「嫌い」または「損」か「得」かで物事を判断している。これは大変私的な判断である。個人の物事の判断においても、その行いが「善」か「悪」かという判断を行うべきである。

■人生の大出発
最近読み直した本に、人生には大出発が3つあるとあった。

ひとつは出生。
もうひとつは青年期のはじまり。
そして、もうひとつは命が絶えるとき。

出生の出発は本人の意思ではどうしようもない。
青年期の出発は、自分で判断できるため、これは大きな意味を持つ。
そして命が絶えるときに出発する、とはどういうことか。
これは死後その人の思想が、その人を離れてなお影響力を持つことを指す。人は死んだあとに自分の思想が世に大出発をする生き方をしていかなくてはならない。

■そろばん的な人間関係
そろばんが得意な河野さんという方は「人生は掛け算と足し算で生きなさい、引き算や割り算はいけない」と言った。自分が他人にかかわり、足したり掛けることで1が2になり4になる。そういう生き方は良い。しかし、自分が他人にかかわることで引いたり割ったりすると、元あるものがどんどん小さくなる。それではダメである。
また、自分だけでいくら掛けてもダメである。1は1000回掛けても1である。他人と影響しあうのが良い。

■言葉の意味
言葉はしゃべるだけでなく、紙に書くと意味が出てくる。
これが色紙になるともっと意味が出てくる。
ましてや石碑となると、もっと強くなり、長く残る。
言葉を石碑に残して建立することには大きな意味がある。

■物を粗末にする人
この半世紀の間に人の心は変わってしまった。人と人の関係が変わってしまった。
人は物を粗末にするところから変わった。
物をモノとしか見ない。この思想が人をモノとして見るようになり、命をも粗末にするようになった。

卓上のコップと水とをテーマにして詩を書きなさい、という課題を課したとき、ほとんどの人が物理的にコップと水を見たのに対して、一人だけ水の気持ちで詩を書いた人がいる。コップに入った水が、コップが割れることで開放されるという気持ちを表現していた。

物の命を大切にしなくてはならない。

■行商をはじめたころ
創業当時は自転車に荷物を積んで行商をはじめた。
来るなといわれても、訪問した。ひどい追い返されかたもした。
世の中鬼のような人がたくさん居る事がわかったが、これは「私は絶対に同じことはしてはいけない、ということを教えてくれているのだ」と考えることにした。
中には親切な人もいた。自分も仏様のような生き方をできるようにしたい、と考えた。

扱っていた商品は自動車のハンドルカバー。当時まったく売れていなかった商品を引き受けて、自転車で行商して回ったが、訪問販売を続けていった結果、1年間で3万本も売れる商品となった。創業以来、今現在でも扱っている。眠っている商品を起こす仕事、商品の命を見つめる仕事だったと思う。

■しっているとしている、分かることの段階
幼少時代は何不自由なくすごしたが、学童疎開で岐阜へ移り住んだ。
その先で、目は悪くなったが体は強くなった。そして現在、年を取って失うものはあるが、逆に様々なことに気づくようにもなった。

「しっている」と「している」はにたような言葉だが、まったく違う。すごい距離感がある。

人はしっているをしているに近づける努力をしなくてはならない。

また、「分かる」には4段階ある。

人から聞いて「分かった、わかった」という分かる
分かったことを人に話をできる分かる
書くことで分かる
実践して分かる←これこそ真に分かるということである

■幼少時代に培ったこと
農業生活は毎年同じことの繰り返しである。
そして農業は収穫を通してその年の結果がはじめて分かる。このことから、保障されていないことへも努力することが必要であることを子どもの頃に学んだ

農作物は重力に反して地上へ伸びる茎葉と、地下に伸びる根とのバランスで成り立っている。
世の中、楽なことばかりでは不幸なことになることを学ぶことができた。

■本当の自由
とかく親は子どもに自由を与えることを先生に望むが、子どもに制約を課すことは実は自由を与えることにつながる。
校則を守れる生徒は本当に自由といえる。誰にも監視されない。
しかし校則を守れない生徒は、他人の目が気になる。決して本当の自由は得られない。

イエローハットでも病欠を理由に何度も休み自由を謳歌していた社員がいたが、ある日会社の健康保険組合から、保険証を使っていないことから表彰された。それ以来、その社員は他の社員の目(監視)から離れられる日は無かっただろう。

本来するべきこと以上のことをすることで、信頼を得ることができる。
例)イエローハット
社内だけでなく、社外の掃除をも徹底的にしているため、隣接した公的機関から鍵を預かるまでになった。本当に自由である。

整理整頓は大切である。物を探す努力には何の価値も無い。

■丁寧に
風呂上りの子どもにバスタオルを使わせるべきではない。子どもが不器用になる。

■実践が大切である
食べ物も、知識も、生かじりでは消化不良を起こす。
生かじりではなく、実践を通して身に着けよう。

しかし、実践にあたって良いと思っていてもなかなか心のスイッチが入らないと人は行動しない。

鍵山さんの本を読んで空き缶を拾うようになるまで2年かかった先生が、拾った空き缶を子どもたちにみせたところ、翌日子どもたちはすぐ実践した。子どもはすごい。

8128 496 28 6 一見なんでもない数字に見えるが、実は特別な数字。
これらは自分自身を割ることのできる数字を足すとその数字になる「完全数」である。
なんでもないようなことの中に、実は特別な存在感がある。

相田みつを作
「憂い」

むかしの人の詩にありました

君看よ、双眼の色
語らざれば、憂い無きに似たり

憂い・・・が無いのではありません
悲しみ・・・が無いのでもありません
語らない、だけなんです
語れないほど、深い憂い-だからです
語れないほど、重い悲しみ-だからです

人にいくら説明したって
まったくわかってもらえないから
語ることをやめて
じっと、こらえているんです
文字にも、ことばにも
到底表わせない
深い憂い-を
重い悲しみ-を
心の奥深く、ずっしり沈めて
じっと黙っているから
眼(まなこ)が澄んでくるのです

澄んだ眼の底にある
深い憂いのわかる人間になろう
重い悲しみの見える眼を持とう

君看よ、双眼の色
語らざれば、憂い無きに似たり

語らざれば、憂い無きに似たり

【質疑応答】
Q:若い人に教えを伝えるにはどうしたら良いか
A:タイヤの空気は規定値の2.2kg/cm2を入れるために、コンプレッサーはその3倍くらいの圧力が必要である。
教える人は教わる人と絶対的な差が必要である。自分を磨いて絶対差をつけることが必要である。
また教えられる側にも必要な姿勢がある。10周グラウンドを走れといわれて少しずつショートカットをして楽をしても10周ではあるが、それが1年、2年でまじめに走った人と大きな差となっていく。努力しない分は自分に返ってくる。一流になりたければ全てやるべき。

Q:人の心のスイッチを入れるには
A:マザーテレサは「自分の行動は愛と思いやり。愛と思いやりのない人は、何もない」と言った。
自分が会社でトイレ掃除を始めたのは、このままでは大変なことになる、と分かって自分から行動を起こした。しばらくは誰も手伝わなかったが、やがて反応があり、手伝う人が現れた。
一人でも良いから巻き込む、そのためには自分がどれだけ情熱を持っているか、である。

‥ほんとに1時間半とは思えない内容でした。

久々にグッと来た

Demonstration of how to play the lap guitar

(↑5min.comというサイトの動画がうまく直貼りできないので、リンク貼っておきます。是非見てみてください)
マニュアル化されたことを追いかけることが日常化してしまった生活を続けていると、たまにこのような新しさに触れて大きく心が揺れることがあります。

見た目のパフォーマンスにもサウンドにも、新鮮さがあふれていて、正直驚きました。既存の価値をひっくり返す楽しさって、まだまだ身近にあるもんだなぁ、と感激してしまったムービー。

YouTubeにも同じ人の演奏がありましたので、参考までに。

ちょっとしたこと

その昔OS8やOS9時代のMacを使っていたころはファンクションキーなんてランチャーとして使う以外にほとんど使うことはありませんでした。それがWindowsになるとカタカナ変換や半角英数字変換するのにF7やF10キーを使う頻度が増えました。ホームポジションに手を置いたまま変換ができないなんて、なんてヒドイ仕組みだろう‥って当時は思いましたが、それに慣れてしまった今、こうしてMacBookに戻ってみると、直感的にファンクションキーの場所がつかみにくいデザインに不具合を感じてしまいました。ファンクションキーの番号のプリントがかなり小さく(番号よりも音量調節などのプリントの方が目立つようになっている)、デザイン優先のプロダクトで正直かなり使いづらいです。

そこで。Windowsマシンのキーボードのようにファンクションキーの4つずつの区切りがわかるようにテーピングしてみました。ついでにF7、F10の位置にもマーキング。キーアサインの変更で、F12をDeleteキーにしたので、そこにもマーキング。
これで劇的に使いやすくなりました!ほんと。ちょっとしたことなんですけど。

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