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美術 Archive

大塚国際美術館

瀬戸大橋をわたって、香川県から徳島県へ。鳴門市にある大塚国際美術館へ向かいます。

朝5時過ぎに広島を出発したところ現地に9時過ぎ到着しました。
開館時間が9時半からなので、海水浴場の駐車場に車を止めてNUDAで鳴門スカイラインを流してから美術館へ向かうことにします。

鳴門スカイライン、ざーっと走る分にはそれなりに楽しいのですが、紹介するほどの景観に出会えないというか、海に山に恵まれすぎている場所なのにちょっと不思議なスカイラインでした。

スカイライン中ほどの休憩所には、地元ライダーが集まっています。羅漢と違って標高が高くないから、年中集まれそうですね。

スカイラインを1往復ほどして美術館へ向かいます。美術館前に駐車場はないので、600mほど離れた無料の専用駐車場へ停めてシャトルバスでピストン運送となります。

美術館に関する概要をざっくりと書くと、「大塚製薬の創業75周年を記念してつくられた、100%原寸大の複製品を展示している美術館」です。展示してあるのは絵といっても、関連会社の大塚オーミ陶業の陶板にプリントしたレプリカ。

くわしくはこちらあたりで。

大塚国際美術館 – Wikipedeia

入館料は日本一高いし展示品は全部偽物だけど大人気!大塚国際美術館の魅力とは?

地上階から上のフロアへ向かう長い長いエスカレータに乗ったのかと思ったら、到着した場所は美術館の建物そのものの地下3階。ここから展示が始まります。で、いきなり真正面に、

システィーナホールが開いています。システィーナ礼拝堂の天井画の完全複製空間です。

絵に感激することよりもまず、空気の量が!圧倒的です。壁画と天井画を完全に再現、という言葉だけでは説明できない空間のリアリティがものすごい。1枚1枚の絵を見ていたらここだけで数時間は居られそう。普段目にしている美術書の図版なんて、現物壁画・天井画のほんの一握りの表面的な情報しか伝えていなかったのか‥と、初っ端から良い意味でガックリさせられる空間です。

真上。かなり高いところに描かれています。元絵はフレスコ画の作品ですから、建物が建てられたのが先で絵はその天井の漆喰に描いています。足場を組んでさかさま向きに描いたのでしょう。約500年前の作品ですから、日本では室町時代が終わって戦国時代の始まりのころ。ミケランジェロはこれを4年で描いたそうですが、人の一生分の仕事と言われてもぜんぜん疑いを持たない猛烈な仕事量です。

祭壇画などは絵だけでなく祭壇そのものも再現して展示してあります。絵画の部分の作品は知っていても、こう見せていただったのかということへの驚きがとても新鮮。

西洋美術史を人に教えるような仕事もしていましたが、自分の西洋絵画に対する情報なんて図版で見て更に他人が体系付けたものをなぞる本当にただの「知識」であって、作品を見て得た「体験」ではなかったのだということが、ほんの数点作品を見ただけでわかりました。原寸大の作品に囲まれるここでは、美術作品を自分が鑑賞している、というよりも美術図鑑の中に自分が飛び込んで作品群の中をゆっくりと泳ぎまわるような感覚を覚えます。

最初の「特集」展示を除けば、陳列は基本的に西洋美術史に沿った展示順路となっているので、古代ギリシャ・ローマの作品からが本来の展示の始まりです。美術史を体系的に学んでいてよかったと思うのは、こういう古典も非常に楽しめるところです。

古典の作品で布などに描かれた絵画作品は基材が痛むのでほとんど現存していませんが、壺や壁など基材が強いものに描かれた絵画は今でも鑑賞することができます。この美術館が陶板にプリントという手法で展示物を残しているのも「2000年変わらない」ということに目をつけたということですが、実際に紀元前の陶器に描かれたものが残っている‥というよりもそういうものしか現存していないということを考えると、確かになぁと思わされるところです。

壺などは全周囲を回転させながらスキャンしたものをプリントして額装展示してある関係で、展示品を側面から見ると壺の形状に応じた凹凸があることがわかります。

時折屋外にある展示を見るようになっていて、館内が広く歩き回ることになってもなかなか飽きることがありません。

古墳などは、内部空間を丸々再現して、ご丁寧に床には砂まで敷きつめてあります。この展示の本物は、絵の痛みからすると一般の方がこの空間を体験することができない状態でしょうから、すばらしく貴重な体験です。VRでいいじゃん、と思ってしまうかもしれませんが、空気の量感やほぼ密閉された空間の残響や、そのあたりが再現できるでしょうか?ここでは壁体に触ることも許されています。

中世美術が終わって、ルネサンスになったとたん、空間的なリアリティが!と、驚けるのも、そのことに画集から得られるものよりもよほど強いインパクトを受けるからです。ボッテチェッリの初期作品は、窓の外の風景にまでピントがぴたりとあっていて、F値の大きなレンズで撮った素人写真のようです。絵造りの進歩という点においては、カメラで撮る写真の技術も、美術作品の感覚的リアリティ表現の流れも同じですね。


ヴァティカン美術館の署名の間の「アテネの学堂」だけでなく、同じ部屋の対面に描かれた「聖体の論議」も向かい合わせで展示されていました。

以前出張で玉川学園高等部へ訪れたときに、この原寸大のアテネの学堂がホールに展示されているのを見ました。調べてみたら、この玉川学園の展示物もこの美術館と同じ大塚オーミ陶業のお仕事、ということでここと同じものなのでしょう。


レオナルドの最後の晩餐、修復前と修復後の作品が対面に展示。修復前の作品の痛み具合の酷さの伝わり方も、原寸大で更に修復後と比較できるここならでは。この手の修復前後の同時展示がいくつかありますが、同じ作品を比較するという楽しみ方も図版で感じるものとは比べようがありません。

学生時代、150号(Fサイズで2,273×1,818mm)とか非常識に大きなサイズの作品をどうして描かなくちゃいけないのか、と思っていましたが、基準をどの辺りに置くのかで考え方もずいぶん変わりますね。美術館もこの辺りまでくると、150号でも小さいんじゃね?と思うようになります。大きなサイズを描かされる意味も理解できるようになりました。鑑賞者の視覚の支配感が、150号クラスからじゃないと話にならない感じです。

ボッティチェッリのビーナスの誕生の一部。線描は、なんというか‥筆の性能の違いでしょうが日本の絵画の方が魂こもっている感じします。

このあたりから、各時代の作家層が分厚くなってきて、流して鑑賞してしまいたくなってしまうのを気合で押さえ込む必要がでてきます。

光を使ったドラマチックな構成の絵というと、カラヴァッジョの「聖マタイの召命」が浮かびますが、僕はジョルジュ・ド・ラ・トゥールの「聖ヨセフ」のやわらかい光の表現が昔から好きです。これも、図版で見ると非常に丁寧な表現の絵に見えるのですが、

実際は作家の試行錯誤の痕跡が見て取れる、ちょっと力技な感じの表現で驚いてしまうのも、原寸大の図版ならでは。暗部の仕事の量と明部の仕事の量の違いもよく分かります。

これ、ぜひ見てみたかった作品の、裏側というか表側。

電動で観音開きに扉の部分が開くと、ヒエロニムス・ボッスの「快楽の園」が。それほど大きくない画面に緻密な仕事で、享楽と不道徳の混ぜこぜになった無茶苦茶にも程がある世界が描かれています。義務的に描いたんじゃなくて、おそらく楽しみながら描いていたんだろうなぁと思います。

油断をしていたら、入館直後に見たシスティーナ礼拝堂の2階部分正面から礼拝堂内部の空間を見ることができるテラスに出てしまって、ハッとします。

より近くから天井画を見ることができる配慮ですかね。

これも唐突に現れました。ダヴィッドの「ナポレオン一世の戴冠式と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠」。職人技と思えるまじめさ、丁寧さで緻密に描かれています。ついつい中央のナポレオンあたりに目がいきますが、列席している皆様の横顔も結構なナポレオン顔なのね、と一人ひとりの表情を追いかけてみるのも楽しいです。

ルーベンスとか、ネロになった気分で見ました。これも祭壇画の扉の裏側まで見られるようになっています。

小部屋から出たら目の前にターナー。モワっとフワっとした作風がこの時代では異色なので目立ちます。また、この次にコンスタブルが並べてあるのですが、これまたターナーが並ぶとコンスタブルの微細に描いた誠実な表現がターナーのボワっとした表現とお互いに引き立てあって、非常に良く見えました。

全周囲、モネの睡蓮の絵で囲まれた庭。普通の基材の絵ではありえない展示方法です。

学習コーナーにあった、キトラ古墳の再現物。剥落や亀裂など、すべて立体で再現されていました。

スーラの点描も本当に点描で視覚混合をしていたのが分かり、3×2mの作品全面に点描ご苦労様と頭が下がります。

印象派・ポスト印象派が終わり、絵画の表現が一気に多様化するその入り口においてあったボナールの作品。今回数ある展示の中で、一番衝撃的だったのはこの1枚かなぁ。この手前の絵とこの作品の間に、目には見えないけれどものすごく太い仕切り線が引かれているように感じました。思わず、うわーっと声が漏れました。なんというか、セザンヌやモネが抽象表現の入り口に居て、絵の都合のために絵を描きはじめていたとしても、それでもまだ何を描くかと問われればモチーフの割合が5割を下回らなかったような印象を受けるのですが、このボナールの作品は表現の重要さがモチーフを上回ってついに5割を超えたように見えるのです。

美術史をなぞる、それを原寸サイズの絵で。くどいようですが、図版で大きな絵も小さな絵もすべて並列に見比べるのとは違って、ここでは小さな作品には近づいて、大きな作品からはかなりひいて作品とその距離感も感じながら歴史をなぞることができます。ボナールに衝撃を受けるのも、なんというか表現の自由への入り口の扉を今ここで自分がくぐったぞ、と実感できるからではないかと思うのです。全部ニセモノなのにね。

もうひとつ感激したのは、クリムトとシーレが並列してある壁面。このラインナップで作品が並べて展示されるというのは、おそらく故人の二人が見ても感激するのではないかと思います。シーレはおそらく誰が見てもなにかしらグっとくる土臭い魅力を感じる作品を描き、クリムトは相反して装飾的な作品を描いていますが、人間を描きながら描いているものは人の表面的な形態じゃなくてもっと内面のドロドロした素の部分というか‥ああ!もうどうでも良いわ。

他の場所に比べて照明の関係か、なんだかひっそりとしたコーナーなのですが、この展示はとても良かったです。そして、シーレの作品に引き込まれるものもありましたがクリムトの「接吻」が殊の外、素晴らしかったです。やっぱりここでも大きさは大事だと思わされました。

塗る、という仕事に加えて引っ掻くという表現がムンクの作品で見られるようになります。モチーフを描くというよりは心の内面を手の動きで表そうとしたときに取れる表現‥何が描いてあるかというよりも何を描こうとしているのかが強く伝わりました。

ベックリンの「死の島」。好きな絵なのに好きだったのは雰囲気とか構成で、画面下部に島へ往く舟が描かれているとは恥ずかしながら知りませんでした。

エルンストのデカルコマニー(例えば絵の具を塗ったビニールを画面にベチョっと貼り付けて、ビニールを剥がしてできた模様を使った表現)も原寸ならその模様がよく分かる。これまで図版だと、この作品のかなりの部分を理屈と想像で補っていました。

クレーの「大通りとわき道」。いいね、完全に何が描いてあるか、モチーフは何なのかはどうでもよくて表現のためのモチーフという扱い。

ここに展示されている作家さんの中では、多分一番最後年に属する作家さんだと思われる、ベン・ニコルソンの作品も。この絵が好きなわけじゃないけれど、僕の好きな作家ベスト5に入る作家さんだけに、2点だけの展示でしたがとても嬉しかったです。


レンブラントの自画像部屋とか。若いころから老年の自画像まで、継続は力なりというか、後年こういう展示をしてもらえるとか思ってなかっただろうなぁ。

どの時代まで取り上げるんだろう、と最後の方はいつ終わるかいつ終わるかと思ってみていましたが、絵画の終焉ともいえる抽象表現主義でおしまい。地下の展示から始まって、自然光の注ぐ地上階へあがってくるのも、絵画の歴史を追って現代まで駆け上がるという演出でしょうか。

4kmの鑑賞ルートを行ったり来たりしながら食事もせずにじっくり巡って、4時間。作品を見終えてスタート地点の地下3階へ戻ってくると、自分が入館したときより混みあってきていました。朝イチ入館が良いですね、ここは。また訪れたいかといわれたら、絶対にまた来たいと思いますが、次は誰かと来てももう別行動で好きな時代の好きな絵にじっくり付き合うような鑑賞になるかと思います。

充実の週末 直島編

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日曜日に岡山で開催されるトライジムカーナ第1戦へ参加するために、金曜の夜から出発して土曜日は瀬戸内国際芸術祭の作品を鑑賞するために島巡り‥と思っていたら、芸術祭の会期は先週の日曜で春開催の期間が終わっていました‥。それでも常設展示を見たり、直島のキャッシュを拾いに行こうと仕事を終えてそのまま高速へ。

飛ばす必要もないので80km/h前後でダラダラと走っていたら、100km走った福山SA到着時にハイエースでなんと12.86km/Lという燃費がでました。普段の街乗りは8km/Lですから、1.5倍の燃費。

そのまま岡山県内のPAでハンモックを吊って、明け方まで快眠しました。翌朝、夜明け直後の倉敷へ。

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一通りのキャッシュを巡った後に美観地区へ行きましたが‥早朝は車両通行可なんですね。

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自分も含めて観光目的でカメラを構えた方どうしがお互いにゆずりあって写真を撮ることで、貸切な風景が撮れる時間。散歩の人は意外とたくさんいらっしゃいました。

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この道路標識の意味を読み解くのに、結構時間がかかりましたよ。「午前7時から翌日の午前4時までが歩行者・自転車専用」で「2輪を除く駐車禁止」ということですから、「午前4時から7時までは車両が通っても可」で、「バイクの駐車はOK」。この時間はバイク持ち込みで写真撮りまくれます。

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普段訪れない倉敷駅の北口もキャッシュを拾いに来てみました。こちらは直径300mくらいの円形の回廊で囲まれた時計塔がある広場になっていて、南口側とは全然世界観が違うところです。

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車に戻ってバイクを積み込んだら‥あれ?危ない危ない‥。

倉敷のキャッシュは5箇所巡って発見が1個。それもマグネットだけという散々な結果でした。本来の目的地の、直島に期待。

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BD-1と、ハンモックなどの宿泊セットを持って宇野港から直島行きのフェリーに乗船です。BD-1は上からかぶせるタイプの輪行袋にしてからは、1分くらいで自転車から「手荷物」に変形できるようになりました。出港4分前の乗船でしたから、これができなければ乗り遅れていた(もしくは自転車料金を払っていた)ことでしょう。

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宿泊セットはコインロッカーへ。この鞄にハンモックとエアマット、シュラフ、枕、着替えが入っています。持って移動できないサイズじゃないけれど、重さもそれなりなので港に放置で。

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宮浦港の赤カボチャ。キャッシュは赤カボチャに視線が向いていると変な目で見られなくて済む場所にありましたが、ちょうど入港してくるフェリーからは丸見えで注目されるところでした‥。

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何度か来ている直島ですが、来る度に新しい作品が増えているのも楽しみの一つです。

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地中美術館まで来た時点で人が全然いないので何事かと思いましたが‥よく考えたらまだ午前9時で開館前でした。というわけで素通り。

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ゴミ箱。

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実はデカイ。

このあたりは島の中央部でこれまで来たことのないエリアです。

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近くには安藤忠雄さんの「桜の迷宮」という新しい作品もできていました。今はまだ桜の木が若いですが、何年後か何十年後か、こどもが大人になったくらいに改めて訪れるのが楽しみなところです。

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リー・ウーファン美術館も素通り。ベネッセハウスも素通り。ううーん、贅沢な直島紀行。

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黄カボチャも人が少なくて、少し待てば独占できるような状態でした。このカボチャ、みんな近くでカボチャそのものの写真を撮っていますが、おそらくこの作品の面白いところはカボチャのオブジェそのものじゃないと思うのです。

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みんなこのシュールなシチュエーションにハッとしているんでしょう?

この写真はキャッシュの仕掛けてある場所から撮ったのですが、とても良い撮影ポイントだと思うんですよね。

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カボチャそのものの存在感も否定はできませんけれど‥。

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本村港側へ来ました。南寺跡にはジェームズ・タレルの作品があります。以前訪れた時は入場制限&時間切れで見ることができなかった家プロジェクトの作品。

20年も前に世田谷美術館で衝撃的な体験をして以来、ジェームズ・タレルは僕の中では5指に入る敬愛してやまない作家さんの一人で、この作品はどうしても見てみたいと思っていたものでした。といっても、どのような作品かの予備知識はなく入ってみたのですが、真っ暗闇で目が慣れて作品が見えてくるまで身動きせずにただじっとして居るという儀式的な前振りは、美術館ではなく寺の跡地という場において非常に意味が増すものです。目が慣れて、作品を把握できるようになって‥と、ここから先は書きませんが、その体験は20年前のアレそのものでした。残念なことに僕はネタを知ってしまっていたので驚きはそれなりになってしまいましたが‥他のお客さんの驚きは相当なものでした。こういう普段あまり得られない体験というのは、見て鑑賞する作品と違った脳の部位が刺激されて、非常に深く強い経験として頭に刻みつけられるように思います。曖昧な書き方ですが、是非体験していただきたいです。

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要所要所のキャッシュを巡りながら、南寺で家プロジェクトの共通チケットを購入してしまったので、以前は外側から見るだけだった「はいしゃ」や「碁会所」など、一通り巡って中まで見させてもらいました。

美術館のように入場料などを払うことで特別なエリアに入るという気構えをもって作品と対峙するのではなく、生活感溢れる街を自分の足で巡って作品を外からも中からも見て回るというスタイルそのものがまた、直島や瀬戸内国際芸術祭の特別な雰囲気なんですかね。作品から作品の間は自由という感じ、僕の場合はそこでジオキャッシングをしているわけですから、本当にあれもこれも楽しまさせてもらっている感じです。

予定では午前中に直島、午後は豊島に渡って作品巡りして、夕方直島に戻ってきて入浴・宿泊‥と思っていたのですが、瀬戸内国際芸術祭の開催期間外は船便がやや乏しく、豊島が駆け足になってしまう感じ。加えて午後は降雨しそうな天気だったので、今回はここで切り上げ。船を待つのに1時間ほど時間ができたので直島銭湯「I♥︎湯」(アイラブユー‥なんだけど、真ん中のハートは機種依存文字?)に入湯しました。

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ヘンテコなのは外観だけだと思っていたので、脱衣場に入った瞬間に「!」です。そして、浴室に入った瞬間に「!!!!!!!!!!!!!!!」

真昼間で貸切だったので余計に‥王様気分満喫。筆舌に尽くしがたいお風呂。これは入湯料というよりは作品鑑賞料としてお金を払う意味がある。象、象!タコ、タコ!浴槽がまた‥シャワーのコックも‥。ちょっと大きめのボリュームで音楽とも音ともいえないアンビエントミュージックが、お風呂なものだからバリバリにリバーブを効かせて幻想的に鳴り続けている‥お風呂+環境音楽がこんなにマッチするとは思いませんでした。思い切り興奮してリラックスしました。

ただ奇をてらっているというわけではなくて、僕としてはそのバカバカしさと実用性とのバランスが素晴らしいと思いました。月の前半と後半とで男湯・女湯を入れ替えるそうで、今回は番台に向かって右側の風呂でしたが、これは月の前半に再訪して左側も見て見なくては!

多分、ここは外観だけみてやり過ごしている人が多いと思うのですが、直島に着たら是非入湯してもらいたいものです。

 

翌日の大会会場へ移動して、30分ほど走ったら雨天終了。かなり万全の体制でマシンを用意したつもりなのに、全然思う通りに走れなくて、大会へ向けての気分は消沈‥夜は小グループで2件ハシゴして、車中泊。

翌日、素晴らしい天気の下、第9回トライジムカーナ開催!

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‥なのですが、二日酔いで頭痛が痛い‥。 つづく。

三冠王さん5周年

よく飲みに行く鉄板焼き屋さんが5周年を迎えるということで、5周年記念リニューアルを目指して6月から地道に手がけてきたWebサイトが公開になりました。

 お好み焼 鉄板焼 三冠王:http://okonomi-sankanou.com/

カープとサンフレッチェとプロレスとAKB48とアニメと萌えのお店。
Webサイトの新装オープン目指して店長考案のキャラクターをつくったりして、少し萌えったページに仕立てました。
まだ全体的には淡泊なページですが、ちょっと逝っちゃってるページ目指して更新していこうと思います。
お店の方も、どうぞよろしくお願いします。

モンキーR

よくよく考えたら、バイクの絵を描いたことがほとんどなくて(<らくがき程度ならありますが‥)、たまたまバイクの絵が必要な機会に恵まれたので1台描いてみました。懐かしのモンキーR。

1987年デビューなんだそうです。僕はまだ免許取得前でバイクに乗りたくてウズウズしていた頃ですから、この時代のバイクはどれを見ても胸がトキメキ☆ます。その中でも、モンキーRは今見ても古臭さを感じませんね。今買っても使い道に悩むので、食指は動かないですけれど、僕の中ではデザイン・いろんな意味でのバランスに「破綻のない名車」として心に残る1台です。

現代(の)アート

広島市中区のビルの壁面に、1960年代の現代アートかと思う作品が。さて、誰の作品でしょうか。

答えは‥ガラスに貼られたフィルムが劣化してできたひび割れでしたー。
となりの窓にもうひと作品。

美術館めぐり

またまたオンラインで凄いサービスが始まってしまいました。

上のスクリーンショット、なんだか分かりますか?ボッティチェルリの「ビーナスの誕生」のビーナスの左目です。周りのブラウザの枠をご覧になるとお分かりのように、かなり縮小した写真なので、実際はワニスのひび割れまで(あれ、これフレスコでしたっけ?)ばっちり見えます。ウフィツィ美術館で作品を生で観ても、ここまで肉迫して鑑賞することは不可能でしょう。

Googleの始めた新しいサービス「Art Project」です。世界の美術館の館内をストリートビューの技術でウロウロできて、特定の作品は恐ろしい解像度のデータで作品を鑑賞することができます。その際の作品へのズームイン/アウトの動作はGoogleMapsの衛星写真のそれと同じ動作ですね。既存の技術の正しい応用、ホントにすばらしい。

これはハンス・ホルベインの自画像。

これが、46インチの液晶テレビをモニターとして使っていると、寄りに寄ったらここまで大きくなります。

ホルベインの左目。原画の原寸を遥かに超えてます。元データはどんだけ大きな解像度の画像なんでしょうか。

職場のネットワーク環境では館内の移動や絵画のズームをした際のタイムラグが快適とはいえない要因になっていましたが、自宅の光回線(+MacOS10.6 & GoogleChrome)ではほぼストレスフリー。恐ろしく快適に絵画鑑賞が可能です。
でも。これだけ凄いサービスが始まったにも関わらず、初めてGoogleMapsに出会ったときの衝撃にはかなわないんだよなぁ。 Webブラウザのもつ可能性に次にびっくりするのは、ChromeOSになるのかなぁ。

森村泰昌:なにものかへのレクイエム展

週末、町へ出たついでにサクっと広島市現代美術館に寄って、開催中の森村泰昌:なにものかへのレクイエム展を見てきました。広島市現代美術館は1月10日まで(その後兵庫県立美術館に巡回)。
森村泰昌さんは現代美術の作家さんの中では作品の露出の多い方なので、名前は知らなくても作品は見たことがある人が多いのではないでしょうか。自分が名画の登場人物に扮した「セルフポートレート」と称する作品を数多くつくられてる方です。‥と紹介してしまうくらいセルフポートレートの印象が強く、つい紹介するにも「セルフポートレートの‥」と言ってしまいますし、今回の展示もセルフポートレートだと思っていました。
ところが、今回は名画に扮するのではなく近代の歴史上の人物に扮した上に、いくつかは映像作品として名演されていました。三島事件の再現をした作品は横浜の展覧会で見たことがありましたが、同じ内容のはずなのにその作品を取り囲む作品や展覧会のテーマそのものが違っていることもあってか、以前見たときと印象の違う感じがしました。「静聴せよ、静聴。静聴せい!」ずいぶん感銘を受けました。内容は自衛隊の決起を促す演説じゃなくて、日本の文化を守る芸術の決起を訴えるものですけどね。
左右にスクリーンを2つ並べて両方のスクリーンで独裁者の本音と本音(<建て前と本音じゃなくて、本音と本音)を語る作品は、訴える内容だけでなく表現手法もヤラレタ感の強いものでした。
と、文章で書いてもサッパリ伝わらないような事を書いていますが、「森村泰昌=セルフポートレート」という表現手法の表層にとらわれすぎて、幅広い活動の本質を理解できていなかった自分への自戒の日記です。

お薦め度は大変高いのですが、なにぶん元ネタのあるパロディなので、例えばテレビのモノマネ番組を見ても元ネタが分からなければ笑いようがないのと同じように、森村さんの作品を楽しむにはある程度歴史や美術に精通していないと楽しめないところはあります。今回、レーニンの演説映像はサッパリ見所がわかりませんでしたもの。

家あそび

道行く車や人の視線を意識して、試しに家に直線ひいてみました。

って、もっとダイナミックに遊びたかったのですが、養生テープ1本分ではこのくらいしかできません。次回もう少し計画的に、もっと面白い形をつくってみるための素地としての実験かな。

部分アップ。

瀬戸内国際芸術祭2010

10月31日まで開催しています。瀬戸内国際芸術祭2010
1泊2日で行ってきました。

初日は2年前も訪れたことのある直島へ。李禹煥美術館がこの春に開館したこともあって、据え置き型の美術館が3つ、その他芸術祭のための展示が多数あって、直島だけで丸1日消化しました。撮影禁止されている展示が多かったこともあって、写真はあまり撮れず。

で、2日目。男木島(おぎじま)という島を中心に展示を見て廻りました。小さな島の集落に、1分ほど歩いたら作品に出会うというような密度で作品が詰まっていました。民家の中に展示する作品も多数ありましたが、上の写真(谷山恭子さん「雨の路地」:島に夕立を降らせて水のありがたみを再認識する作品)のように島の風景の一部になっているオープンエアな作品に秀作が多くて、これが本当の島の姿ではないということは理解しながらも楽しめました。

島のあちこちに張り巡らされた白い塩ビパイプは、内側が黄色く塗られたパイプに耳を近づけると、遠くから「おーい」という声が聞こえることがあります。谷口智子さんの「オルガン」というこの作品は、どこかでパイプに向かってしゃべっている人とコミュニケーションがとれ、何箇所かに設置された自転車の空気入れのような装置を動かすと鍵盤ハーモニカのようなやる気のない音がヒョーっと音をたてて、その音もパイプを伝って島中に流れるという作品。集落内に無造作に組まれたパイプワークのビジュアル的な面白さに加えて、自分がパイプに向かって声をかけたときの妙な期待感などが楽しめる作品でした。

波止場の公民館跡に設置された大きな作品、大岩オスカールさんの「大岩島」は、壁には島の風景、床には水面を模した風景をマジックで描き、微妙にハの字に向かい合わせた鏡でドーナツ状に連なった空間の一部からこの島を見ているようにしている作品です。見せ方のアイディアも愉快ですし、白地に黒マジックで淡々と描かれた島の、時の止まったような風景の寂しさに心のどこかが揺らされる作品でした。訪島した翌朝のニュースで、近隣の建物から出火して、この作品は公民館ごと全焼してしまったということで、大変驚きました。
しかしこのニュースのおかげで、島の人たちがこの芸術祭に大変好意的であることを知ることができ、島に訪れてただ作品を見るだけでは伺うことのできない作家と土地の人たちのふれあいも知ることができて、残念な事件ではありますが、一見学者として芸術祭の全体感を更に深く捉える上では大変ためになる一件でした。

どことなく美術大学の大学祭に似た雰囲気でありながら、作品はどれもハズレなしな展示。会期はあと1ヶ月ですが、この秋にどこにも行くところがない方は、ちょっとだけ事前勉強して、しっかりと船での移動を計画して、訪れてみてはいかがでしょうか。

思想の視覚化されたものに対して

12月中旬に東京出張があるので、週末であることも活かして美術館などを巡るつもりです。出張期間中どういった展示があるものかと調べていたら、国立近代美術館で「河口龍夫展 言葉・時間・生命」が開催されているようなので楽しみにしています。
僕は絵画(日本画)専攻でしたが、手間暇かけて超絶技巧で描かれた作品だけでなく、サクっとあっさり作られたインスタレーションにも強く惹かれることが多いです。むしろそちらの方が良い作品に出合った際「やられた!」感を強く受けます。このことを自分の言葉で説明しようとすると、タラタラと長い説明になってしまいそうなのですが、ピタゴラ装置を研究している慶応大学の佐藤雅彦教授の言葉にシンプルに分かりやすく解釈された言葉があったので、引用しておきます。

それは、誰もが持っている『言語化されていない面白さを素直に感じる能力』を自ら放棄することにもなり、世の中の文脈に依存した生き方につながってしまうと感じるからです。
(小学館 ピタゴラ装置DVDブック2より)

僕の「やられた!」感は、この言語化されていない面白さを表現したものに「凄い!」と反応しているもので、技巧的な作品への感激はどちらかというと世の中の文脈に依存した上手さへの反応というものに近いように思います。

空間芸術は、特に写真や疑似体験では伝えられない力を持っているように感じます。自分がそれを見るのではなく、自分がそれのある空間に包まれている実感というものが大事なんでしょうね。

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