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NUDA900R MDFリムストライプ

MDFのリムストライプイタリアンなトリコロールのものがあるということを知ったので、購入してみました。お値段3000円ほど。

ホイール1本につき4枚のステッカーを貼っていく仕様です。というわけで、ホイール2本に対して16枚のステッカーを使いますが、予備として2枚、全部で18枚のステッカーが1シートになっているものが届きました。

こちら、施工前の前後黒ホイール。

施工後。白いラインが入ることで、すっきりと軽快な印象になりました。

こちら、施工前。

施工後。ちょっとおしゃれ。

置いてある車両を見ても、「お?」と思えるワンポイントだと思います。

MSGC練習会

昨年11月の愛媛D杯第3戦以来、実に4ヶ月ぶりのジムカーナです。1年の1/3をオフシーズンにしてしまって、果たして復帰できるのか自分でも不安でしたが、走ってみれば普通に走れました。
D杯のセッティングのまま、タイヤをソフトからミディアムコンパウンドに変えただけのマシンで走った結果、昨年よりも前下がりなセットの方が乗りやすい感じ。回転がとにかくしっくりこないので、今年の稼ぎどころはそこをどうまとめるか、です。

来月から大会シーズンが始まりますが、それまでにバイクつくり込むための練習会に参加するかなぁ‥。

大塚国際美術館

瀬戸大橋をわたって、香川県から徳島県へ。鳴門市にある大塚国際美術館へ向かいます。

朝5時過ぎに広島を出発したところ現地に9時過ぎ到着しました。
開館時間が9時半からなので、海水浴場の駐車場に車を止めてNUDAで鳴門スカイラインを流してから美術館へ向かうことにします。

鳴門スカイライン、ざーっと走る分にはそれなりに楽しいのですが、紹介するほどの景観に出会えないというか、海に山に恵まれすぎている場所なのにちょっと不思議なスカイラインでした。

スカイライン中ほどの休憩所には、地元ライダーが集まっています。羅漢と違って標高が高くないから、年中集まれそうですね。

スカイラインを1往復ほどして美術館へ向かいます。美術館前に駐車場はないので、600mほど離れた無料の専用駐車場へ停めてシャトルバスでピストン運送となります。

美術館に関する概要をざっくりと書くと、「大塚製薬の創業75周年を記念してつくられた、100%原寸大の複製品を展示している美術館」です。展示してあるのは絵といっても、関連会社の大塚オーミ陶業の陶板にプリントしたレプリカ。

くわしくはこちらあたりで。

大塚国際美術館 – Wikipedeia

入館料は日本一高いし展示品は全部偽物だけど大人気!大塚国際美術館の魅力とは?

地上階から上のフロアへ向かう長い長いエスカレータに乗ったのかと思ったら、到着した場所は美術館の建物そのものの地下3階。ここから展示が始まります。で、いきなり真正面に、

システィーナホールが開いています。システィーナ礼拝堂の天井画の完全複製空間です。

絵に感激することよりもまず、空気の量が!圧倒的です。壁画と天井画を完全に再現、という言葉だけでは説明できない空間のリアリティがものすごい。1枚1枚の絵を見ていたらここだけで数時間は居られそう。普段目にしている美術書の図版なんて、現物壁画・天井画のほんの一握りの表面的な情報しか伝えていなかったのか‥と、初っ端から良い意味でガックリさせられる空間です。

真上。かなり高いところに描かれています。元絵はフレスコ画の作品ですから、建物が建てられたのが先で絵はその天井の漆喰に描いています。足場を組んでさかさま向きに描いたのでしょう。約500年前の作品ですから、日本では室町時代が終わって戦国時代の始まりのころ。ミケランジェロはこれを4年で描いたそうですが、人の一生分の仕事と言われてもぜんぜん疑いを持たない猛烈な仕事量です。

祭壇画などは絵だけでなく祭壇そのものも再現して展示してあります。絵画の部分の作品は知っていても、こう見せていただったのかということへの驚きがとても新鮮。

西洋美術史を人に教えるような仕事もしていましたが、自分の西洋絵画に対する情報なんて図版で見て更に他人が体系付けたものをなぞる本当にただの「知識」であって、作品を見て得た「体験」ではなかったのだということが、ほんの数点作品を見ただけでわかりました。原寸大の作品に囲まれるここでは、美術作品を自分が鑑賞している、というよりも美術図鑑の中に自分が飛び込んで作品群の中をゆっくりと泳ぎまわるような感覚を覚えます。

最初の「特集」展示を除けば、陳列は基本的に西洋美術史に沿った展示順路となっているので、古代ギリシャ・ローマの作品からが本来の展示の始まりです。美術史を体系的に学んでいてよかったと思うのは、こういう古典も非常に楽しめるところです。

古典の作品で布などに描かれた絵画作品は基材が痛むのでほとんど現存していませんが、壺や壁など基材が強いものに描かれた絵画は今でも鑑賞することができます。この美術館が陶板にプリントという手法で展示物を残しているのも「2000年変わらない」ということに目をつけたということですが、実際に紀元前の陶器に描かれたものが残っている‥というよりもそういうものしか現存していないということを考えると、確かになぁと思わされるところです。

壺などは全周囲を回転させながらスキャンしたものをプリントして額装展示してある関係で、展示品を側面から見ると壺の形状に応じた凹凸があることがわかります。

時折屋外にある展示を見るようになっていて、館内が広く歩き回ることになってもなかなか飽きることがありません。

古墳などは、内部空間を丸々再現して、ご丁寧に床には砂まで敷きつめてあります。この展示の本物は、絵の痛みからすると一般の方がこの空間を体験することができない状態でしょうから、すばらしく貴重な体験です。VRでいいじゃん、と思ってしまうかもしれませんが、空気の量感やほぼ密閉された空間の残響や、そのあたりが再現できるでしょうか?ここでは壁体に触ることも許されています。

中世美術が終わって、ルネサンスになったとたん、空間的なリアリティが!と、驚けるのも、そのことに画集から得られるものよりもよほど強いインパクトを受けるからです。ボッテチェッリの初期作品は、窓の外の風景にまでピントがぴたりとあっていて、F値の大きなレンズで撮った素人写真のようです。絵造りの進歩という点においては、カメラで撮る写真の技術も、美術作品の感覚的リアリティ表現の流れも同じですね。


ヴァティカン美術館の署名の間の「アテネの学堂」だけでなく、同じ部屋の対面に描かれた「聖体の論議」も向かい合わせで展示されていました。

以前出張で玉川学園高等部へ訪れたときに、この原寸大のアテネの学堂がホールに展示されているのを見ました。調べてみたら、この玉川学園の展示物もこの美術館と同じ大塚オーミ陶業のお仕事、ということでここと同じものなのでしょう。


レオナルドの最後の晩餐、修復前と修復後の作品が対面に展示。修復前の作品の痛み具合の酷さの伝わり方も、原寸大で更に修復後と比較できるここならでは。この手の修復前後の同時展示がいくつかありますが、同じ作品を比較するという楽しみ方も図版で感じるものとは比べようがありません。

学生時代、150号(Fサイズで2,273×1,818mm)とか非常識に大きなサイズの作品をどうして描かなくちゃいけないのか、と思っていましたが、基準をどの辺りに置くのかで考え方もずいぶん変わりますね。美術館もこの辺りまでくると、150号でも小さいんじゃね?と思うようになります。大きなサイズを描かされる意味も理解できるようになりました。鑑賞者の視覚の支配感が、150号クラスからじゃないと話にならない感じです。

ボッティチェッリのビーナスの誕生の一部。線描は、なんというか‥筆の性能の違いでしょうが日本の絵画の方が魂こもっている感じします。

このあたりから、各時代の作家層が分厚くなってきて、流して鑑賞してしまいたくなってしまうのを気合で押さえ込む必要がでてきます。

光を使ったドラマチックな構成の絵というと、カラヴァッジョの「聖マタイの召命」が浮かびますが、僕はジョルジュ・ド・ラ・トゥールの「聖ヨセフ」のやわらかい光の表現が昔から好きです。これも、図版で見ると非常に丁寧な表現の絵に見えるのですが、

実際は作家の試行錯誤の痕跡が見て取れる、ちょっと力技な感じの表現で驚いてしまうのも、原寸大の図版ならでは。暗部の仕事の量と明部の仕事の量の違いもよく分かります。

これ、ぜひ見てみたかった作品の、裏側というか表側。

電動で観音開きに扉の部分が開くと、ヒエロニムス・ボッスの「快楽の園」が。それほど大きくない画面に緻密な仕事で、享楽と不道徳の混ぜこぜになった無茶苦茶にも程がある世界が描かれています。義務的に描いたんじゃなくて、おそらく楽しみながら描いていたんだろうなぁと思います。

油断をしていたら、入館直後に見たシスティーナ礼拝堂の2階部分正面から礼拝堂内部の空間を見ることができるテラスに出てしまって、ハッとします。

より近くから天井画を見ることができる配慮ですかね。

これも唐突に現れました。ダヴィッドの「ナポレオン一世の戴冠式と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠」。職人技と思えるまじめさ、丁寧さで緻密に描かれています。ついつい中央のナポレオンあたりに目がいきますが、列席している皆様の横顔も結構なナポレオン顔なのね、と一人ひとりの表情を追いかけてみるのも楽しいです。

ルーベンスとか、ネロになった気分で見ました。これも祭壇画の扉の裏側まで見られるようになっています。

小部屋から出たら目の前にターナー。モワっとフワっとした作風がこの時代では異色なので目立ちます。また、この次にコンスタブルが並べてあるのですが、これまたターナーが並ぶとコンスタブルの微細に描いた誠実な表現がターナーのボワっとした表現とお互いに引き立てあって、非常に良く見えました。

全周囲、モネの睡蓮の絵で囲まれた庭。普通の基材の絵ではありえない展示方法です。

学習コーナーにあった、キトラ古墳の再現物。剥落や亀裂など、すべて立体で再現されていました。

スーラの点描も本当に点描で視覚混合をしていたのが分かり、3×2mの作品全面に点描ご苦労様と頭が下がります。

印象派・ポスト印象派が終わり、絵画の表現が一気に多様化するその入り口においてあったボナールの作品。今回数ある展示の中で、一番衝撃的だったのはこの1枚かなぁ。この手前の絵とこの作品の間に、目には見えないけれどものすごく太い仕切り線が引かれているように感じました。思わず、うわーっと声が漏れました。なんというか、セザンヌやモネが抽象表現の入り口に居て、絵の都合のために絵を描きはじめていたとしても、それでもまだ何を描くかと問われればモチーフの割合が5割を下回らなかったような印象を受けるのですが、このボナールの作品は表現の重要さがモチーフを上回ってついに5割を超えたように見えるのです。

美術史をなぞる、それを原寸サイズの絵で。くどいようですが、図版で大きな絵も小さな絵もすべて並列に見比べるのとは違って、ここでは小さな作品には近づいて、大きな作品からはかなりひいて作品とその距離感も感じながら歴史をなぞることができます。ボナールに衝撃を受けるのも、なんというか表現の自由への入り口の扉を今ここで自分がくぐったぞ、と実感できるからではないかと思うのです。全部ニセモノなのにね。

もうひとつ感激したのは、クリムトとシーレが並列してある壁面。このラインナップで作品が並べて展示されるというのは、おそらく故人の二人が見ても感激するのではないかと思います。シーレはおそらく誰が見てもなにかしらグっとくる土臭い魅力を感じる作品を描き、クリムトは相反して装飾的な作品を描いていますが、人間を描きながら描いているものは人の表面的な形態じゃなくてもっと内面のドロドロした素の部分というか‥ああ!もうどうでも良いわ。

他の場所に比べて照明の関係か、なんだかひっそりとしたコーナーなのですが、この展示はとても良かったです。そして、シーレの作品に引き込まれるものもありましたがクリムトの「接吻」が殊の外、素晴らしかったです。やっぱりここでも大きさは大事だと思わされました。

塗る、という仕事に加えて引っ掻くという表現がムンクの作品で見られるようになります。モチーフを描くというよりは心の内面を手の動きで表そうとしたときに取れる表現‥何が描いてあるかというよりも何を描こうとしているのかが強く伝わりました。

ベックリンの「死の島」。好きな絵なのに好きだったのは雰囲気とか構成で、画面下部に島へ往く舟が描かれているとは恥ずかしながら知りませんでした。

エルンストのデカルコマニー(例えば絵の具を塗ったビニールを画面にベチョっと貼り付けて、ビニールを剥がしてできた模様を使った表現)も原寸ならその模様がよく分かる。これまで図版だと、この作品のかなりの部分を理屈と想像で補っていました。

クレーの「大通りとわき道」。いいね、完全に何が描いてあるか、モチーフは何なのかはどうでもよくて表現のためのモチーフという扱い。

ここに展示されている作家さんの中では、多分一番最後年に属する作家さんだと思われる、ベン・ニコルソンの作品も。この絵が好きなわけじゃないけれど、僕の好きな作家ベスト5に入る作家さんだけに、2点だけの展示でしたがとても嬉しかったです。


レンブラントの自画像部屋とか。若いころから老年の自画像まで、継続は力なりというか、後年こういう展示をしてもらえるとか思ってなかっただろうなぁ。

どの時代まで取り上げるんだろう、と最後の方はいつ終わるかいつ終わるかと思ってみていましたが、絵画の終焉ともいえる抽象表現主義でおしまい。地下の展示から始まって、自然光の注ぐ地上階へあがってくるのも、絵画の歴史を追って現代まで駆け上がるという演出でしょうか。

4kmの鑑賞ルートを行ったり来たりしながら食事もせずにじっくり巡って、4時間。作品を見終えてスタート地点の地下3階へ戻ってくると、自分が入館したときより混みあってきていました。朝イチ入館が良いですね、ここは。また訪れたいかといわれたら、絶対にまた来たいと思いますが、次は誰かと来てももう別行動で好きな時代の好きな絵にじっくり付き合うような鑑賞になるかと思います。

GROM 角島方面ツーリング

GORMミーティングが山口県北西部の角島で開催されるということで、それにあわせて彦衛門さんに声をかけてツーリングへ出かけてみました。今回は秋吉台近くの道の駅みとうからの早朝スタート。みとうのシンボルはこのかわいい大仏様です。奈良の大仏に使われている銅のほとんどはこのあたりの銅山で掘られたものをつかっている、というつながりだそうです。

秋吉台の長者原へ裏道を使ってアプローチ。高台に上ってみると、野焼きが終わって短い丈の草に覆われたカルスト台地を真一文字に横切るカルストロードを見渡せる素晴らしい大パノラマが広がっていました。これは草原が緑になったらまた是非来てみよう!

朝早く、しかもまだ気温も低いのでカルストロードはほとんど誰もいません。ま、スタートした時点の気温、2度だったしね。

途中ジオキャッシュを拾いながら、1時間少々で角島到着です。集合場所は橋の向こうですが、橋を渡る前に定番の高台に上がってみたらところ‥思わず口の端から声が漏れてしまうくらいの、これまでに見た中では最高にクリアな海!作り物のようなムチャクチャな綺麗さです。

あれあれ?ドリーム50のトネ君が、なんと広島から自走で来ていました。すごい。若い。

橋の向こうの駐車場には、もうほとんどの皆さんが集まっていらっしゃいました。今回は割とライトカスタマイズなマシンが多かった中で、一番ひど‥すごかったのは高知のかつおさんのオフロード仕様GROMかな。

参加された方から僕のバイクを指差しながら「これ、つがたくさんのGROMの仕様に近いですよね」と声をかけられましたが、僕がつがたくです。

単一車種ミーティングでよくある一列横隊。一番手前がGROMじゃないけれど。

角島の中央部へ食事へ向かうみなさんと別れて、僕たちはアドベンチャーモードへ。

角島から青海島へ向かう途中の妙見山展望台へ。展望台というからには海景が期待できるのではないかと、公園から徒歩で山頂へ向かいます。

山頂からは360度のパノラマ、とまではいきませんでしたが、海側に開けた展望所があって望遠鏡も無料。

覗き込むと、元乃隅稲成神社の鳥居が見えました。

滅多に来ないところですから、折角の機会なので端っこを攻めてみようと、西に転進して一番端の俵島を目指します。

途中、崩れないか不安な感じの桟橋があったりして。

半島の端まで来てみました。南側を見ると、角島大橋。全く期待していなかったので驚きました。

すみません、僕と一緒に走るとこういう道走る機会が必ず訪れます。

半島(といってもこの辺りの地名は「油谷島」なので、もともと島だったのかも)の先にある俵島はいかにも渡れそうな感じでしたが、徒歩の道も含めて島までの道が繋がっているわけではありませんでした。冬至のころは角島の後ろに陽が沈む位置関係なので、冬の夕刻写真を撮りに来るのも良いところなのではないでしょうか。

続いて、本州最北西端の川尻岬へ。展望所から海まで降りる道がありましたが、その先岬の先までいけるのかどうかは挑戦しなかったので分かりませんでした。とりたててすごいところでもないので、一度来ればもういいかな、って感じ。

この日は本当に海が穏やかで、海に波頭一つ立っていません。いつもの日本海らしくない。

潮溜まりは、小さな宇宙になっているんでしょうね。

青海島の手前の長門市仙崎は金子みすゞさんが住んでいた地域なので、町は金子みすゞ一色。かまぼこが特産らしく、かまぼこ板を使ったモザイクアートが以前1年半前に訪れた時よりも増えていました。

陽が暮れると寒くなりそうなので、明るいうちに車まで戻ろうと、その途中に寄った長門湯本温泉。ここも以前訪れたときに、また是非入湯したい!と思った温泉なので、入ってみました。

入湯料200円。単純アルカリ泉のぬる湯で、湯船に浸かると最初は肌がヌルヌルするのにそのうちキュキキュキになります。だいたい僕は烏の行水なのに、ここは20分も浸かっていましたよ。なんか、長湯したくなるとても良い雰囲気のお風呂なのです。

共同浴場はここともう一つあるそうですが、そちらは掛け流しじゃなくて循環方式。熱いお風呂に入りたい人はそちらへどうそ、とのことです。

というわけで、夕日になる手前の陽を浴びながら再びカルストロードを貸し切り状態で走って、ツーリング無事終了しました。

200kmほどのツーリングだというのに、天気・時間・ペースの配分も良く、新しい風景にも出会えたし、お風呂も良かったし、キャッシュも10箇所ほど巡ったし‥で、とても充実した内容でした。このあたり、また来てもいいな。

GROM タイヤローテーション

  • 2017-03-06 (月)
  • GROM

今年の本番タイヤが到着しました。スペアホイールに履かせます。

はめるだけなのでお気楽な作業ではありますが、17インチのタイヤ交換用に作った木枠に12インチのホイールを載せて作業していると木枠の内側にホイールがガタンガタン落ちてしまって、使えなくはないけれど使い勝手が今ひとつ悪い。分かっていながらGROMを購入して3年半、この木枠で作業をしていました。

そこで今回、ツーバイフォーの端材で12インチ用の木枠を作ってみました。

17インチ用の木枠は一辺が45cmの正方形だったので、これを17で割った数を13倍した一辺34cmでつくりました。17インチ用では不要だった、ビードブレーカーの足を逃す穴も開けました。

ホイールを載せてみるとこんな感じで。力もちゃんとかかります。

ディスクローターをホイールに止めるボルトがなかったので、純正品を調達しておきました。このボルトは最初からネジロックが塗布されていて、ねじ込むのに抵抗があります。Tハンドルでクルクルまわせなかったので、クランクハンドルの登場。押し込みながら早回しできます。

新品タイヤを組み上げたこの新黒ホイールはジムカーナ用のGROMへ。そのGROMから外した大会2回(と先日のしまなみ海道を)走ったタイヤ付きの金ホイールは通勤用GROMへ。

通勤用GROMに履いていた旧黒ホイールはカラーがスコスコだったので、ダストシールも新品に交換。

6cmロングスイングアーム、フェンダーを取り外すと、妙な隙間感。スイングアームそのものも細いので腰下が華奢に見えます。

反対側もこんな感じ。

日中ムスメと二人で留守番とかしていたのですが、なんだか1日中ホイールとかタイヤと格闘していた1日でした。

GROM インテークポート加工

  • 2017-03-05 (日)
  • GROM

寝起きにいきなり思いつきました。ゴミとして鉄屑屋へ持って行こうと思っていたノーマルシリンダーヘッド、ポート研磨してみたらどうかと。

うちは2台あるGROMのうち1台は4Vヘッドにしているので、このヘッドは使うことなく余っていて、作業に失敗しても全く気にならないパーツ。どうせ捨てるなら実験的なことしてみてからでも遅くありません。

バルブまわりを分解。

というわけでストーブをひっぱりだしてきました。

サンエスK1(水溶性洗浄液)を湯煎して、カーボンの溜まっているパーツを漬け込みます。揮発性はないものの、アルミパーツは浸けすぎるとヤバイという洗浄液です。

ある程度浸けておくと、布でこするだけでほとんどのカーボンが取れます。

最初はインテークポートをツルツルにしようと思って居ましたが、インテークポートのザラザラした肌あいは空気と混合気を混ぜるのに役立っているということで、やめました。

かわりにビッグスロットルボディの30mm径の穴に対して、純正ヘッドの20mmそこそこしかない吸入口の段差を削ることにしました。

マーキング。もともとセンターずれてる‥。現物あわせしているので、これで間違いないはずです。

切削開始。最初は電動ルーターで地道に削って居ましたが‥

途中からベルトサンダーにスイッチ。作業スピード100倍くらいになりました。ベルトサンダーだと平滑な面しか削れないかと思ってしまうじゃないですか。先端のベルトが折り返す部分を使うと結構奥まで丸く削れます。

アルミ粉が半端なく舞うので、写真に写って居ませんが、直上に掃除機の吸い込み口を持ってきて吸わせながらの作業です。

一旦リューターで表面を荒らして完成、と思いはしたものの、もう少しベルトサンダーで削れるのでテーパー形状をもっと細長くしなおしました。

バルブスプリングコンプレッサーでスプリングを縮めてバルブコッターをはめようと思ってもうまくいかないこと30分。嫌になったので、昔TDM900のエンジンをつつくときに使った方法にしてみたら、あっという間でした。リテーナーとコッターをスプリングの上に置いて、ディープソケットで押し込むだけ。

調べてみたら、似たような工具がありました。いや、ディープソケットでいいじゃんw

現行のヘッドからカムを抜いてこちらのヘッドに付け替えて、通勤マシンに組み付けました。元のヘッドと今回のヘッドは吸気ポートの加工の有無だけの違いです。

エンジン音にボロンボロンといった音質が加わって、5000回転あたりからのパワーの出方がスムーズに?ちょっと押し出される感じに?なりました。極低速、例えば2速でそろりそろりと交差点の様子を伺いながら発進するあたりのトルクが落ちました。武川のFICONの吸気のセットを上下に2段ほどセットし直してみましたが、これまで通りか1段濃い目で十分のようです。これまでのマシンがトコトコ走る感じだとしたら、それに比べるとエンジンを回してビュンビュン走る感じになりましたが、この通勤・ツーリングマシンにその味付けが向いて居るのかというと、やや疑問です。通常通勤等で使う分には支障ないのと組み戻すのも面倒なので、しばらくこれで走ってみようと思います。

GROM クラッチ板交換

  • 2017-02-28 (火)
  • GROM

このGROMはしばらくメーターのカウントができていない時期があったので何キロ走っているのかがわかりませんが、先日のツーリングでパワーをかけて引っ張るとクラッチが滑り出すという症状がでたので、クラッチ板を交換することにしました。初期型で4年目、その間いろいろ使い倒しいますものね。

ご開帳。通常開けたらチェックする箇所は2箇所。

一つは茶漉しと呼んでいるドレンボルトの上に挿さっているオイルフィルタ。えらく堆積物があるし、なんだかわからない青いのやら赤いのやらあるんだけれど‥。堆積物は最初ゴムやプラスチックの破片かと思ったら、固まったペースト状のものでした。一応挿入する向きが決まっているのですが、非常に分かりにくい。もう少し明確に上下左右が分かればいいのに。

もう一つは遠心フィルター。ガスケットを外すとフィルターの内側にドロドロの堆積物が張り付いています。ここ、特に清掃しろとかいう指示もないので放っておいてもよいのかもしれませんが、見た目にちょっとアレなんで外したついでに綺麗にしておきます。

外したついでといえば、このフィルターとクラッチセンターを止めている特殊ナット、なんでこれだけ高トルクで止めるナットが専用工具が必要でかかりの悪そうな特殊ナットなんでしょうか。普通のナットに変えちゃいけないのかなぁ。

クラッチスプリングは3本だけ強化タイプに交換してあります。

バラバラ外していって、クラッチ板に到着。

クラッチハウジングの下になる受け皿みたいなパーツ、ハウジングと同時に取り付けしないと取り付けできないので注意です。つい後に取り付けたくなるパーツですが、ハウジングを取り付けた後だと挿入できません。

新旧フリクションディスク。今回金属のクラッチプレートの交換はなし。

ノギスで測っても新旧の差はわからない程度だったので、マイクロゲージを使って測ってみました。数枚測った新旧プレートの厚みの違いは平均は0.06mm。フリクションディスクの交換なんて生涯3回目なので様子がわかりません。こんなもんなんでしょうか。

組み込んでいたら、「ペチ」っと破片が飛びました。え?と思う間もなくエンジン内部へポロリ。クラッチリフタープレートの外側が割れて飛んだ模様です。スプリングの圧が局所にかからないように3つのボルトを順番に締めていったにもかかわらず、です。それはそうと、エンジン内部に落ちていった破片、これは回収しないとマズイ。ダメ元でピックツールをオイルの中に突っ込んで数回アームを開閉したら‥あら、なんか掴んだわ。

なんと、破片を回収できました!

リフタープレートを外して他の箇所の状態も確認しましたが、目視ではクラックなどは見受けられませんでした。新品パーツは注文しておきましたが、とりあえずそのまま組み上げ。

さて、エンジンスタートして走り出したところ‥グワーッンっと回転だけ上がって以前よりもクラッチの滑りがひどい。アタリがでてないからか?としばらく走っても改善せず。んー、これはスプリングのヘタリか‥と思いこんで、クラッチレバーのつながる位置がいつもより遠くなっていたので交差点でレバーホルダー側の調整ネジを使って位置を手前に近づけたところ、改善。なんと、半クラ状態になっていただけのようです。もしかして元々フリクションディスクが原因じゃなかったのか?そして今回はパーツ壊しただけ、という話だったんでしょうか。

 

センチメンタルジャーニー#3

休みを長めにとったのは、昔懐かしい場所で日がな一日何もせずに過ごしながら過去を振り返る、という心づもりだったのですが、僕にはそういう時間の使い方は無理でした。トナミゴン君が「親父が亡くなったとき、何も考えずにできる何かに集中したくてキャッシュハントに没頭した」と言っていましたが、僕もなんだか故人を偲んでただ東京に居る時間を過ごすだけじゃなくて何かに没頭したい気分。そこで日の出前に後楽園へ移動して、また自転車を借りて昨日フライング祝賀会をしてもらったキャッシュ1000Fを目指してキャッシュハント東京観光へ。

昨日の六本木ヒルズのように、普通の風景の向こうに妙に巨大な象徴的な建造物が見えるのが東京らしい。ここは道の向こうに東京ドームが見えます。

この日最初のキャッシュにはウォーホール風に配置されたバラク・オバマさんの顔が並ぶステッカーが。写真を撮ろうとしたら一斉にカメラが顔認識のマーカーを並べるので、笑った。

「池袋界隈のキャッシュが割と素直」という情報をもらったので、大塚方面へキャッシュをつないで主に宅地の中を抜けて行きました。春日・小日向・大塚と、この辺りはほんと坂ばっかり。僕には全く馴染みのない地域で、ものすごく観光している気分になれます。大塚公園はラジオ体操発祥の地だそうです。

昨日マスクもせずに1日過ごして、明け方花粉症の症状に苦しんだので、完全防備で。

都電も1回しか乗ったことない。この辺は東京に住んでいた僕の生活圏ではなかったので、とても新鮮です。

大塚駅あたり。山手線の線路の先にスカイツリー。

上の地図のような車だとちょっと面倒臭さそうな移動も、自転車だと宅地の中をスルスル抜けて1分くらい。坂だらけといっても、都心部は坂道が延々と続くわけではないので、電動アシストのおかげで上り坂でも全然苦になりません。

そして、ついに1000F達成!

‥と喜びたいところですが、この1000Fの中にはいくつか重複しているものがあるのがわかっているので、完全な1000F達成を目指してもうちょっと見つけて回らなくてはなりません。

神楽坂まで戻って来て自転車を返却。このとき借りた自転車はいろんな個体差のあるレンタサイクルの中でも出来の良いマシンでした。

飯田橋から大手町まで地下鉄移動して、もう少し時間があったのでまた自転車を借りて駄目押しのキャッシュハントへ。
大手町界隈のビルのシャープさや密度とういか容積というか空間を占拠しているボリュームって、非常に無機的でドライでちょっと異様さを伴った勢いを感じます。

日本橋。翌日の東京マラソンの準備でカメラやらいろいろ来ていました。

日本橋の道の中心にある、「日本国道路元標」。中央通りが週末歩行者天国だったころ、彼女とよくこの道標の上に立ったなぁ。

3日間のジオキャッシングの成果は、80を超える発見とDNFはなんと1個。恐ろしい成果で発見総数も(重複分の修正前ですが)1022Fとすることもできました。

東京駅の八重洲口といえば大丸‥というのも今は昔、あの何かを拒む壁のような平たい駅ビルが無くなって、グランルーフという垢抜けた駅舎になってしまいました。全然東京って感じがしない。ここからバスで成田まで60分、1000円。

LCCは成田空港の第3ターミナル発着です。僕は成田空港を使うのが初めてなので他のターミナルの状況がわからないのですが、第3ターミナルはものすごく安っぽくて雑然としていて投げやりな感じが漂っています。場内アナウンスもなんというかとても素人っぽい。乗車口に現れないお客さんを呼ぶ悲鳴のような声がひっきりなしに飛び交って、お客じゃない側の品が足りない感じ。

帰りは機体右後ろの窓側の席をとりました。さようなら、成田空港。飛行機があまりにもたくさん駐機していて驚いたよ。

本当だったらあと30分は早く飛ぶはずで、ちょうど富士山付近で夕焼け‥という目論見だったのですが、いろいろ遅れて飛んだので、空に上る頃はすっかり日も暮れて残照だけが富士山のシルエットを映し出すという感じでちょっと残念。

初めてなことも初めてじゃないこともいろいろありましたが、限られた時間をいっぱいいっぱい使って思い出の上塗りをして来ました。若くして亡くなった彼女の分まで生きるわけじゃない、過去に引きずられない新しい生活の始まり。そう思うことにします。

センチメンタルジャーニー#2

実家。庭にハーレーが置いてある。僕のNUDAなんか置いたら多分相当な違和感を感じるけれど、このハーレーはなんか、庭とマッチしている。

思い出の地を自転車で巡る1日。サイクルポートと未訪問のキャッシュの関係で、千駄木とかこれまで一回も降りたことのない駅で降りて自転車を借ります。役場などの公共交通機関の空きスペースなどがサイクルポートとして利用されています。

ここではじめて気がついたのですが、よく見ると自転車は一律同じというわけでななくて個性があるんですね。バックミラーがついていたり。

カゴやハンドル形状が違ったり。

シートも様々。自転車そのものも見た目はよく似ていますが細かく仕様が違うものが混ざっています。サービスが最初にはじまった千代田区と江東区登録のモデルは古く、港区や中央区登録のモデルは比較的新しいように見受けられました。

駐輪中でもバッテリー残量の確認ができるので、レンタル前にチェックを忘れずに。

谷中とか自転車がなかったら、そしてジオキャッシュがなかったら奥深くまで入ることなんて普通はないですよね。上野へ向かうまでの道中、谷中の古い町並みを巡ります。

ほんと、お寺だらけ。

根津周辺。この辺は日本画材を扱う得應軒さんに筆を買いに来たりして割と歩いていたあたりなのですが、ちょっと外れたところに千代の富士像とか。全然知りませんでした。

動物園と道を挟んだところにある上野動物園園外倉庫。

東京芸大は入試の看板が掛かっていました。

美大受験、特に芸大を本気で受験した人は、おそらく人生の中でも相当密度の高い変な汗の出る期間を受験に向けて過ごしたのではないかと思います。他律的な縛りではあるのですが、大人になって何かに真剣に取り組むのとはひと味違う、一生の宝になる経験です。

今は美術館があるので、割と気軽に門をくぐれますが、昔の風格のある正門だったころは、それはもう緊張したものです。ちなみに、芸大といったら美校のことしか浮かばなくて、道を挟んだ音校の方はあんまりピンとこない‥。

国立博物館の裏手には、由緒のありそうな建物がたくさん立っています。なかなか歩いて回ることはない側でしたから、今回キャッシュをおいかけて一巡りできてよかった。

東京都美術館といえば、このステンレスボール。いろんな機会にいろんな人と写真を撮りました。

上野に住む彼女との待ち合わせの場所はいつも公園内の花園稲荷神社でした。

だんだん天気が良くなってきて、西郷さんの前では嘘のように晴れました。はじめて彼女と会ったのが30年前のこの場所。こういう変わらない場所が思い出の場所というのは良いんだけれど、この周りは随分オブジェが増えたりして変わってきています。

湯島の飲み屋街のなかに日本画材専門店の喜屋さんがあります。

ムサビの中で売られている日本画の顔料は喜屋さんのものでした。こちらも学生時代よく買い物に来ました。

中央通りを秋葉原へ。電気街とは言えない混沌とした街になっても、総武線のガードがある限り秋葉原らしい風景は変わらない。

秋葉原で一旦自転車を返却して、地下鉄で六本木まで。開館して10年の国立新美術館、行こう行こうと思いながら訪れるとクラクラしてしまう行列だったりでなかなか入館する気になれませんでした。今回は平日なので入館制限もなく、やっと落ち着いて訪れることができました。

「これだけで、草間彌生と分かるというのもすごい」と美術館から出て来たご夫婦が話していました。

でも、なんというか草間彌生の生涯の作品を見ると、もっとドロドロしていたりガサガサしていたりするものがたくさんあるなかで、割とポップで受け入れやすいものだけを彼女の「らしさ」として受け入れているだけのように思う。一般の人に広く周知されて成功した作家さんだと思いますが、生き様じゃなくて表面的なものしか見られていないという感じ。こういう大規模な展覧会を通じて、草間彌生の一面だけじゃなく多様性の強烈さにふれる機会が設けられるというのは大変素晴らしいことです。

展示方法そのものが草間彌生の作品群を利用したひとつの作品化していて、要するに学芸員によるインスタレーション化してました。このエリアは「携帯位電話のカメラで写真撮影可」。いわゆる普通のカメラは使用禁止。オープンで良いですね。

関連商品売り場は水玉グッズを求める人で通り抜けるのも大変な大混雑ぶり。草間彌生さんの楽しみ方、僕はそっちじゃないと思うんだけどなぁ。まぁどうでもいいけど、少なくとも僕はそっちじゃない。

五美大展、ここで開催されているのを知りませんでした。母校の作品を中心に見てまわりました。ここで呟いてもしょうがないのだけど、学生さんたちに言いたいのは、もっと世の中の作品をジャンルを問わずたくさん見なさい、だな。視野の狭さは作品に現れる。

館内、とてもおしゃれです。

晴れていると光の射す方向を意識して作られているのがよく分かる、シンプルに無機的さと有機的さが融合した美しい館内。初めてということもあって、建物そのものを十分楽しみました。

なんでもない宅地をカップルが歩いていますが、その奥にどどーんと六本木ヒルズ。東京だなぁ、と思います。今回いわゆる市井の人の住む宅地内をこれまでになく長い時間をかけてたくさん走りましたが、東京は傾斜地ばかりで平地に住んでいる人は本当に限られています。ましてや庭付きの家に住むなんて本当に限られた人だなぁ、と。住めればいいや、というような思考は長い年月をかけると効率的だけど味気ない無機質なものの考え方につながりかねないので、田舎暮らしというのは悪くないと思います。田舎は田舎で競争心が培われず、実力を絞り出すような生き方が難しいのかもしれませんけれど。

六本木で新しく自転車を借り直してリスタート。

東京タワービューポイントという名前のキャッシュから。東京って新しい見所が次々とたくさんできていますから、もうこの風景はレガシーな東京の風景といえるのでしょう。

でも、素敵な場所に導いてくれてありがとうございます。

おお、目の前をちょうど裁判沙汰になっているマリカーが駆け抜けていった!これ、東京タワーの前ですが、翌日昭和通りでも集団を見ました。

日テレの宮崎駿の大時計。こういうのも知らんかったなぁ。

レンタサイクルの問題点の一つに、どうしても返却は駅近くのポートに集中しがちになるので、夕方はポートの自転車スロットに車体を戻せないポート難民があふれかえることになります。ここ、東京駅最寄りのポート。

さて、この日は上野に投宿して、夜は仕事帰りのトナミゴン君と待ち合わせて飲みました。御徒町の待ち合わせの場所を地名じゃなくて座標で示す仲です。「東京のサラリーマンが週末の仕事帰りに一杯引っ掛ける店」度満点のお店を選んでくれました。僕は東京の会社に電車で通勤するという経験がないからね、ありがたい。

サプライズとして、1000個キャッシュを発見した記念トラッカブルアイテムを用意してくれていました。あ、まだ1000Fに達してないんだよ。あともうちょっと。

店を出て、僕が見つけられずにいる近隣のキャッシュにアテンドしてくれました。「ここ、ここ!」超嬉しそうw

上野オークラ劇場。その昔、廉価に朝まで眠れる場所を確保する方法が限られていたころ、始発電車が動くまでの時間を屋根下で過ごすために何度か利用したことがあります。ここがハッテン場だということを全く知らずに‥。広い劇場の真ん中で寝ていて、ふと目が覚めたらガラガラで他に席はたくさん空いているのになぜか隣におじさんが座ってこちらを見ていた、という感じ。

オークラ劇場の顔出し看板、超嬉しそう。この高さの顔出し穴って、どう扱えばいいの?

不忍池の弁天堂からの上野駅のオーバーパス。できてからしばらく経つんでしょうけれど、初めて渡りますよ。僕の知らない上野の風景。

ああっ!トナミゴン君が初めてキャッシュを見つけたという上野のジャイアントパンダ、駅の外にあるのね!昔は改札の中にあったと思うのですが、知りませんでした。

学生のころは上野のバイク街が大繁盛だった時代ですが、今はもうそんな感じも響いてきませんね。上野駅周辺のいくつかキャッシュを巡りながら、こんなわずかな時間ですが新しい発見がたくさん。いつも使っていた常磐線の線路の真下は空洞になっていて別の路線のホームなんですね。上野駅の利用歴なんて相当長いはずなのに知らなかった‥。

公園口、何回出入りしただろう。それにしても、トナミゴン君、健康だなぁ。仕事して、飲んで、あれだけ歩き回る気力があるのは立派。ジオキャッシングを休まず続けていると、こうい体力は落ちずに済みますね。

センチメンタルジャーニー#1

センチメンタルジャーニー。1週間前に偶然、本当に偶然学生時代に付き合っていた彼女が亡くなっていたことを知りました。お互い多感な時期に多大な影響を与えあいながら、地味だけどとても楽しく幸せにお互いの存在と能力を認め合うことができました。本当に出会えてよかったと思える人でした。

たまたまその翌週まで回顧展ともいえる個展を銀座の画廊で開催しているという情報を元に、仕事のお休みをいただいて急遽東京へ。今回初めてLCCの春秋航空を利用して東京入りです。抜群に安い。広島から東京までの新幹線の片道分の料金で往復ができます。その分、機内サービスが全くないとか、猛烈に席は前後長が狭い(<空港からのリムジンバス並)とか、いろいろありますが、1時間少々の空の旅ですから文句を言うほどのことでもありません。席の指定は400円の有料です。知人は、3列シートの真ん中はただ狭いだけということもあるので、指定料金を払って開放的な通路側を指定するそうです。窓際にこだわるのでなければ、確かに通路側を選ぶというのが一番快適かもしれません。

成田空港からバスで直接数寄屋橋へ。これも便利ですね、1時間少々で1000円ですよ。平日日中なので途中渋滞でもあるのかと思ったら、全くストレスなしでした。10年も広島に住んでいると、もうすっかり東京が「珍しい場所」になってしまって、数寄屋橋で記念撮影。

徒歩数分で、画廊へ。

作品にどう向き合って良いのか分からなくなるんじゃないかと思いましたが、亡くなったということを知って、インターネット上にある彼女の作品を見たときよりも、現物の作品を前にした方が落ち着いて受け入れることができました。

大学の同級生の話では、意外なことに亡くなった彼女は「頼れる存在だった」とか。多浪して芸大に入っているので年齢的なこともあったのかもしれませんが「とても知識が豊富だった」とのことで、影でいろいろこだわって研究をしていたんだろうなと思います。

死んでも絵が残る、というのはペンタブでデータとして描いた絵とはちょっと違ったものを感じます。岩絵具の絵肌へのこだわり、画面サイズへのこだわり、彼女においては額装も特注で行なっていたということですから見せ方へのこだわり、そいうったものが生きている時の息づかいとして没後少しだけ存在を近いものとして感じられる。自分が絵を、日本画を描く人間じゃなかったらこの距離感ももう少し遠く感じるのかもしれないのですが、絵を描くまでの所作や使った絵の具の粒子の番手など、印刷やコンピュータの画面からは感じられないものが現物の絵をみると感じられる。
例えば「出版物として活字で印刷された文章」と「手書きの原稿」の違いというべきでしょうか、同じ内容の文章でも生原稿は文字を書くスピードから伺える筆致から作者の苦悩やらためらいやら勢いやら、「行間に書かれたもの」を超えるものまで感じられるのではないかと思うのですが、生の絵を見るというのはまさにそんな感じ。

この画廊は小品の展示で、院展入選作などの大きな作品を別に展示しているということで別会場へ。

屏風がありました。

イラスト、ともいわれそうですが、描くの大変そうな意欲作。こういうの10枚も描いたら相当力がつきそうですが、力も尽きそうでもあります‥。

なんというか、素描などを見るとテクニックやものを見る目は万人が認めるざるを得ない確かな実力があるのはわかるのに、描く作品はマイワールド。その辺の大きなギャップに彼女の負けん気と頑固さと遊び心を感じるのは僕の知っている彼女らしいところ。でも、芸大の同級生から「学年一だと思います」と言われるくらいの技術は、僕の全く知らないところで何十年もかけて培われてきたんだなぁ、と感じました。というか、知らない時期の方が圧倒的に多いんですけれど。

年をとって、愛だの恋だの言わなくて済むような年齢になったらまたお会いして話をしたいと思っていた人でした。この日の前日が命日で。この世に彼女がいなくなって2年過ぎて新しい1年がまた始まったわけですが、ちょっと吹っ切れました。来て見て良かった。

少し長めにお休みをもらったのは、作品を見るだけじゃなくて彼女と歩いた道をもうゆっくり一度歩きなおしてみようと思ったからです。昔は日曜日、上野から銀座まで続く中央通りが全て歩行者天国になっていました(現在は秋葉原と銀座だけ?)。付き合いだしてすぐの頃、この歩行者天国を歩き切るというデートをよくしていましたが、その終点の銀座にあるソニービル。いつも面白い展示をしていたので、何度も訪れていました。

取り壊しになるというニュースは耳にしていましたが、いよいよ2017年の4月からそれが始まるということで、今は館内にソニー製品があふれかえるわけではなく、「It’s a Sony展」という展覧会を全館内で開催中でした。

外側の壁にはウォールアートが施されて、プロジェクションマッピングやら参加型のイベントやらを楽しみながら上のフロアまで上っていける工夫がなされています。

中二階のような状態をぐるぐる回りながら階上へ上っていけるソニービルの構造を活かして、上のフロアから玉がコロコロ転がってきてWhat A Wonderful World を奏でていました。

最初、これかと思いましたが曲も違うしなぁ、と。この動画の森のシロフォンはシャープの製品のCMだし。

ソニービルは取り壊したあと、ビルを再建するのではなく2018年にソニーパークとして生まれ変わるということで、数寄屋橋の風景もまた大きく様変わりするんですね。いつのまにか知らない街になってしまっている場所が多いなか、割と思い出の詰まった建物を最後に確かめておけるというちょうど良い機会に訪れることができました。

ちよくる出動。上野方面へ向かうのにレンタサイクルを使います。3段変速の電動アシストサイクル。

携帯でレンタルする自転車を選んで、メールで届いた解除番号を入力するとレンタルスタート。各所にあるポートで施錠してエンターボタンで返却。手続きが完全オンラインで、引き落としも裏でクレジットカードからという大変便利なシステムです。

以前利用したときには千代田区内だけだった試行が拡大して、2017年1月から東京都内6区(千代田区、中央区、港区、新宿区、文京区、江東区)のすべてのポートで貸し出し・返却が可能な広域実験期間になっています。30分150円で、それ以降30分毎に100円。この値段で好きなところへ足を運べるのですから、便利極まりないです。特に今回の僕のような思い出の場所巡りなどにはまさに渡りに船。

おまけに、2泊3日の宿泊道具を詰めたカバンが、カゴにピッタリ収まります。

懐かしく皇居周辺を巡ってみたり。城マニアな息子と話をしていると見所が変わって来て、気になるのは江戸城の石垣。

ただの移動ではなく、ジオキャッシングをしながらの移動。以前皇居周辺はおおかた巡っているのですが、今回はその取りこぼし分を。

大きい部分は江戸城外堀の石垣だそうです。ここは完全に八重洲側の新しいビルの谷間で、キャッシュがなければ知ることもなかったところ。そんなものを巡っていたら全然距離が稼げず、上野までいこうとしたのに神田までしか進めませんでした。この日は実家泊です。

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